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奈良から変える

奈良国立博物館学芸部長 西山厚氏

2013年5月2日付 中外日報(わが道)

にしやま・あつし氏=昭和28年、徳島県鳴門市生まれ。京都大大学院文学研究科博士課程修了。専門は日本仏教史。主な著書に『仏教発見!』(講談社現代新書)、『僧侶の書』(至文堂)、『官能仏教』(角川書店)など。
日本の各地域がそれぞれの歴史や文化、自然を大切にする取り組みが必要と話す西山氏
日本の各地域がそれぞれの歴史や文化、自然を大切にする取り組みが必要と話す西山氏

興福寺や薬師寺、東大寺、唐招提寺など日本を代表する仏教寺院に隣接する奈良国立博物館で、学芸部長を務める西山厚氏(59)。30年前に研究員として就職して以来、「鎌倉仏教」(平成5年)、「東大寺文書の世界」(平成11年)、「女性と仏教」(平成15年)など数多くの特別展を手掛けてきた。一方で著作などを通じて仏教の世界を分かりやすく語り、貞慶や叡尊、公慶など一般にはあまり知られていない僧侶にも光を当ててきた。日本の歴史や文化の本当の素晴らしさを伝えていくことで、日本の現状を変えられるのではないかという考えのもと、近年は奈良博で、大人ばかりではなく、幼稚園児を含む子どもたちにも語り掛ける活動を続けている。

(闇雲啓介)

どういった経緯で研究者を志したのですか。

西山父は歴史の研究者でした。徳島大に勤めていましたが、GHQの指令により廃校になった伊勢の皇學館大が昭和37年に復興された際に伊勢へ招かれました。話し上手な父から歴史の話を聞いていたので、子どものころから私も歴史が大好きでした。

研究者になったのは、自然の成り行きだったのですね。

西山それがそうではないのです。高校時代は数学が一番得意だったので、数学か歴史か進路に悩みました。最終的に「しょせん、高校の数学は他人が作った問題を解いているだけじゃないか」と気付き、歴史の道を選びました。

ところが、当時の歴史学はマルクス主義に基づく唯物史観が主流。宗教や文化など一人一人の人間の心に深く関わるテーマは隅に追いやられることが多く、次第に歴史学に興味を失っていきました。

転機は。

西山学生時代は趣味の世界に没頭していました。就職しようとも思ったのですが、父から大学院には行っておいた方がいいと言われ卒論に取り掛かりました。強いものや大きいものが嫌いなので、没落階級ともいえる室町時代の公家をテーマに選びましたが、文化の世界で公家がなおも持ち続ける存在感に目を開かされました。

研究を続けるきっかけになったのですね。

西山そうではありません。そのころ明恵上人と出会ったのです。出会ったと言っても鎌倉時代のお坊さんですが、明恵上人に引かれ、明恵上人のことをもっと知りたくなりました。

父から明恵上人の本をもらったのがきっかけでした。明恵上人は京都・高山寺を開いた僧侶。お釈迦様を深く思慕し、仏教の再生に尽くした高僧ですが、40年にわたって夢日記を書き続けた不思議な人でもあります。明恵上人が行きたくて行けなかったインドの仏跡を、明恵上人の肖像画のコピーを持って巡拝してきました。

奈良博では数々の特別展を企画される一方、地元の幼稚園児など子どもたちを博物館に招く活動もされています。

西山戦後、日本はひたすら経済発展を目指してきました。経済的に豊かになれば幸せになれると思い込んできました。でも、そうではなかった。経済的に豊かになっても、人は幸せになれないことが徐々に分かってきた。しかし、いまだお金に代わる価値を見いだせていません。本当に大切なこと、大切なものとは、いったいなんだろう。

私は歴史の中にそれを見いだせると思っています。大人はもういい(笑い)。子どもたちに日本の歴史や文化の本当の素晴らしさを伝える実践を始めました。

多方面で好評だと聞きます。

西山1年間に3千人の子どもたちが奈良博にやって来ます。10年で3万人、30年で9万人。子どもたちにちゃんと伝えることができれば奈良は変わる。そして日本も変わる。子どもたちにはいろんな話をしますが、中心になるのは大仏様の話です。

なぜ聖武天皇は大仏を造ろうとしたのか。大仏造立の詔には、全ての動物・全ての植物が共に栄える世の中をつくりたいからだと書いてあります。人間だけのためではないのです。そして「大きな力で造るな、たくさんの富で造るな」とあります。一本の草、一握りの土を持って、自分も手伝いたいと申し出た者は造立に参加させよと命じています。一本の草なんか何の役にも立たないのに……。小さな力をたくさん集めて造る。これが大仏造立の精神でした。21世紀の私たちにとって、とても大切な考え方だと思います。

自分たちで育てた菜種から油を採り、お寺に奉納する取り組みをしている幼稚園もあります。菜種を刈り取って乾燥させると軽くなる。一人でも運べるようになる。その不思議さに驚くところから始まり、油の大切さを知り、来年も奉納するぞという使命感が生まれて、子どもたちは素晴らしく成長します。

奈良から日本を変えるというのですね。

西山東日本大震災の後、「ふるさと」という言葉がよく使われるようになりました。日本中で、自分たちが住んでいる地域の歴史や文化、自然を大切にする取り組みをやってほしい。それを子どもたちに伝えてほしい。それができれば、日本は必ず変わります。

奈良には他の地域に比べてさらに長い歴史があり、奈良の歴史や文化を考えることは、日本の歴史や文化を考えることに直結します。奈良には、正倉院宝物をはじめ奈良時代の文物がたくさん伝えられていますし、神仏習合という千年続いた日本の宗教文化の基本の姿もそのまま残っています。今、奈良から学べることはたくさんあると思っています。