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京都迎賓館は「現代和風」

京都伝統建築技術協会理事長 京都工芸繊維大名誉教授 中村昌生氏

2012年10月2日付 中外日報(この道を往く)

なかむら・まさお氏=昭和2年、愛知県生まれ。伝統建築家。工学博士(京都大) で専攻は日本建築。京都大助手を経て京都工芸繊維大教授となる。文化財保護審議会専門委員・桂離宮整備委員、茶の湯文化学会会長などを歴任。公共茶室を含め数寄屋を多数設計している。
京都迎賓館は「現代和風」中村昌生氏

茶室や数寄屋建築は、日本人の心を和ませる癒やしの空間である。日本人特有の繊細かつ洗練された感性が散りばめられ、和の美意識に満ちあふれている。この茶室・数寄屋建築の秘密に迫ったのが、建築家・建築史家の中村昌生・京都工芸繊維大名誉教授である。

中村氏の研究は常に実践と共にある。自らが理事長を務める京都伝統建築技術協会では、数寄屋をはじめ木造建築の技術継承に尽力。多数の数寄屋大工を育てるとともに全国に京都の数寄屋技術の移植を図った。また茶の湯への造詣も深く、著書や講演活動を通じて和風建築に見られる日本人の精神性を伝えている。中村氏に茶室・数寄屋建築との出会いや伝統建築の可能性について聞いた。

(高橋知行)

茶室・数寄屋建築とは。

中村建物と庭園、周囲の環境が調和し共生する「庭屋一如」の考えに基づく建築のありようです。平安期の貴族の邸宅・寝殿造りに見られるような、古来の日本人の美意識に培われた建築思想といえます。 

庭屋一如のエキスを凝縮したのが茶室であり、エキスを薄めていくと数寄屋風となり、それは住宅をはじめ和風木造建築に取り入れられました。

対照的な様式が安土桃山時代から江戸初期の武家の城郭建築といえます。高層の天守閣などは権力を誇示し、城下の人を睥睨するかのようです。

茶室独自の建築様式を完成させた千利休は、武家に対し痛烈な批判の意味も込めて、日本古来の建築思想を具現化したのではないでしょうか。

茶室・数寄屋建築との出会いは。

中村戦後の復興過程で西洋化の傾向が強まりました。建築界でも昭和25年ごろから現代数寄屋、新興数寄屋といった洋風の考え方で和風を取り入れたデザインが流行しましたが、「果たしてここに日本の伝統が生かされているのか」と疑問に感じました。

当時桂離宮を見学する機会があり、庭園と建築が一体化した佇まいを目前にし、日本の伝統建築の粋がここにあると感動を覚えました。それから各地の茶室や住宅建築を見て回り、最終的に「茶の湯」にたどり着いたのです。

茶室は茶碗などの茶器と同じく茶の湯の道具であり、設計は茶の宗匠の仕事の一つでした。武野紹鴎や利休、古田織部らは建築家でもあり作庭家でもありました。私は彼らを「茶匠」と呼び、「茶匠の創作の秘密を解明する」ことを生涯の研究テーマとしました。

茶室のコンセプトは。

中村茶の湯は亭主が俗世界を離れた隠者となって自らの庵に客を招きもてなす遊びでした。この隠者の庵が茶室であり、茶匠たちは自由な創意を競い合った。心を込めて客をもてなすための創意工夫を傾けました。

茶匠らは自然を尊び、それをもてなしに生かし人工を抑制することに努めました。利休は「これだけは必要」と思うもの以外、全てをそぎ落とし、まるで自然から生まれ出たような、無抵抗と言ってもいいような佇まいの茶室を完成させたのです。

数寄屋をはじめ伝統建築の技術継承に努められています。

中村昭和30年ごろ、電動工具の普及もあって数寄屋大工の技術が衰退しつつあるのを憂える人たちで、同42年ごろに伝統建築研究会を発足させました。同55年には研究会を母体に京都伝統建築技術協会を設立し法人組織としました。

協会の会員は京都以外にも募り、500人を超えました。京都以外の大工にとっては京都の技術を学ぶ機会が生まれ、京都の大工にとっては優れた技術を披露する活躍の場が与えられることになりました。

印象に残る建築の仕事は。

中村昭和54年に完成した山形市の公共茶室・宝紅庵です。京大工が1年ほど山形に滞在し地元大工と作業を共にしました。協会の技術協力の最初の事例であり、積雪量が多い雪国でも京風数寄屋が建築可能であることを示すことができました。

次に新宿御苑・楽羽亭の復興工事です。本格的な茶事はもちろん、御苑の来園者に気軽に一服いただけるスペースを設けました。靴履きのまま着座できる椅子式の茶室が要求され、伝統を現代的な形式に融合させる試みで印象に残っています。

平成17年開設の国立京都迎賓館(京都御苑内) では貴重な役割を果たされました。

中村私は建設懇談会の一委員として、検討に加わってきました。敷地が京都御苑に決まり、施設は「現代和風」を基調とすることが決まり、京都の伝統的技能の粋を傾注することが重視され、活用検討委員会が設けられて私もそのお手伝いをするようになりました。

京都迎賓館は大小高低ある和風建築が日本庭園を取り囲むように連なります。庭屋一如の思想が生かされた現代和風の画期的な建築です。日本人が日本のもてなし方で外国の賓客をもてなす初めての施設といえます。日本人のアイデンティティーを海外に示す初の国家的プロジェクトであり、現代建築と伝統建築が融合した現代和風は日本の建築界にとっても大きな意味があります。

伝統建築の可能性を教えてください。

中村建築界において和風建築の占める地位はますます低下しています。いずれ日本の建築は千年の伝統とは絶縁されてしまうのではと危惧しています。現状打破のためには現代建築と伝統を融合させる、まさに京都迎賓館のような試みを続ける必要があります。

創意は、先人の作品に触れ心の奥深く感じ取り、探究する心から生まれます。若い建築家が京都迎賓館を見て触発されることを期待しています。そこから日本の建築界を牽引していくような逸材が続くに違いないと確信しています。