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演奏にこめる一期一会

シンガー・ソングライター 三浦明利さん

2012年7月3日付 中外日報(この道を往く)

みうら・あかりさん=昭和58年、奈良県生まれ。龍谷大大学院修了。平成20年に浄土真宗本願寺派光明寺住職に就任。23年7月にCD「ありがとう~私を包むすべてに~」でメジャーデビュー。3月11日に東日本大震災支援のCD「被災地からのありがとう」を出した。著書に『わたし、住職になりました』。
演奏にこめる一期一会三浦明利さん

シンガー・ソングライターで、奈良・吉野の浄土真宗本願寺派光明寺住職の三浦明利さん(29)。龍谷大大学院時代、仏教の勉強をしながら、ガールズバンドのギタリスト・ボーカルとして活躍。全国的なコンテストでもグランプリを獲得するなど、順風満帆な音楽生活を送っていた。

25歳の時、父が突然住職を退任し、一人娘だった三浦さんがバンドを辞めてお寺を継ぐことに……。その後、全ての演奏依頼を断り、お寺の法務に専念していたが、ターミナルケア施設での演奏依頼をきっかけに音楽活動を再スタートさせた。そんな三浦さんに、お寺を継ぐことになった経緯や今後の音楽活動などについて語ってもらった。

(聞き手=鹿野雅一)

25歳でお寺を継ぐことになったとか。

三浦私は一人っ子だったので、いずれはお寺を継いで住職になろうと、幼いころから思っていました。しかし25歳で継ぐとは思ってもいなかったですね。父が突然、住職を退任しお寺を出たいと言いだしたため、当時、メジャーデビューを目指して活動していたガールズバンドを辞め、お寺を継ぐという決心をしました。

住職になると告げた時のメンバーの反応は。

三浦音楽活動が続けられなくなることはメンバーや周囲の人たちに申し訳ないという気持ちが強かったですね。みんなでがんばっていこうという矢先だったので……。意を決してお寺を継ぐことをメンバーに告げると「これまで明利と一緒に音楽活動をしてこられたのは、明利のご両親のおかげ。ご両親には感謝している。お寺に戻ってご両親の力になってほしい」と言ってくれました。

お母様が支えてくれたそうですね。

三浦私が住職になったころ、母はがんの手術を終えて退院したばかりで、足もおぼつかない状態でした。しかし実家のお寺で住職の経験を持つ母が、私を一人前の住職に育てようと献身的に支えてくれました。がんの転移こそ心配ですが、お寺をもり立ててくれる縁の下の力持ちといった存在です。母は私にとって、頼りがいのある良き先輩でもありますね。

音楽活動を再開した。

三浦私が住職になって半年くらいたったころ、緩和ケア施設「あそかビハーラクリニック」から演奏依頼がありました。当時は全ての演奏依頼を断ってお寺の法務に専念していました。しかし母は「お寺は心配しないでいいから行ってらっしゃい」と勧めてくれました。自作曲をはじめ、昔の童謡や仏教讃歌を歌わせていただき、演奏後は入所者の方々とお話をさせていただきました。緩和ケア施設は完全な治癒の望めない患者の最期に寄り添う施設です。演奏やお話をさせていただけるのも一度だけの方もいらっしゃるわけですが……。まさに出あいというのは一期一会だと思いました。それ以来、一回の演奏に対する思い入れが強くなり、このボランティアをきっかけに仏教関係の学校や各地のお寺などで演奏活動を再スタートさせました。

テレビなどの出演依頼があったとか。

三浦テレビに出たらどう思われるか分からないのでやめようと思っていました。しかしご門徒から「何事も経験です。テレビに出演し、仏教の話をすることで、仏法に出あわれる方もいらっしゃるかもしれないですよ」と言われ、テレビ出演を決めました。雑誌の取材もそうですが、私がメディアに出て仏教を語ることで、一人でも多くの方に仏教の言葉に触れていただけたらと思っています。

昨年7月に「ありがとう~私を包むすべてに~」をリリースしました。

三浦「ありがとう」の歌は幼少のころからお世話になったご門徒や近所の方々に感謝の気持ちを伝えたいとの思いで、大学院時代に作らせていただきました。お寺を継いだ当初は、住職の役割をしっかり務めなければと必死なあまり、周囲の方々に支えられていることすら見えなくなったこともありました。その間はありがとうという言葉が出てこなかったと思います。そんな自分に気付いた時はとても恥ずかしかったですね。「ありがとう」は自分の在り方が問われる曲だと思っています。

東日本大震災支援のCDを出しましたね。

三浦被災地を応援する歌はたくさんありますが、被災地から発信しようとする歌は少ないのではないかと思います。「被災地からのありがとう」という歌は、宮城県名取市に住む高橋久子さんがお世話になった友人やボランティアの方々に「感謝の気持ちを伝えたい」とつづった詩に、曲をつけさせていただいたものです。この詩をいただいた翌週には、曲を書き上げ、高橋さんのご自宅に伺いました。ご自宅は津波で流され、跡形もない。そんな状況の中で「ありがとう」と言える高橋さんのお心の深さや温かさに触れ、その詩の力強さを実感しました。

今後の音楽活動は。

三浦今年の冬ごろにアルバムを制作したいと考えています。多くの人に教えていただいた経験や、大切な言葉を一枚のアルバムに込めさせていただきたい。遠方の方にも音楽で寄り添うことができればと願っています。