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統合医療を普及する“お茶の水博士” 渥美和彦さん(88)

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2016年6月22日付 中外日報(ほっとインタビュー)

宗教が融合した医療を

「鉄腕アトム」に登場する「お茶の水博士」のモデル。人工心臓など最先端医療技術の研究者として、統合医療の必要性を訴える。

(河合清治)

“お茶の水博士” 渥美和彦さん

1928年、大阪市生まれ。東京大名誉教授。人工心臓など最先端医療を研究した後、統合医療の普及に努める。日本統合医療学会名誉理事長、空海記念統合医療病院設立準備委員会発起人代表。

どうしてお茶の水博士のモデルになったのですか。

渥美大阪市の旧制北野中(現北野高)時代に漫画家の手塚治虫がクラスメートでした。後に手塚から「お茶の水博士のモデルは3人いて、君はその一人だった」と教えられましたが、まあ、本人が言っていたのですから間違いはないでしょう。

当時から漫画を描き、絵は上手で、昆虫を描けば本物以上に見えましたが、目の前にいた友達が天才漫画家になるなんて夢にも思いませんでした。彼とは、死とは何かについてよく話し合いました。「お前は今生きているけど、死んだらどうなるか、考えたことはあるか」と聞かれ、ギョッとしたことを覚えています。

すごい人と友達でしたね。

渥美北野中から三高に進学しました。ラグビー部に入って活動していたのですが、1級下にSF作家の小松左京がいました。フォワードでは私が1番、彼が隣の2番でスクラムを組んでいました。私がキャプテンを務めて全国高校ラグビーで2連覇し、明治大にも引っ張られましたね。

小松はSF小説ばかり読んでいて宇宙に興味を持っていました。私と小松、学校は違いましたが手塚と3人で医学の会議に出て、医療の将来について話し合ったこともあります。手塚は確か曽祖父が医者だったから医学に詳しく、彼らの影響もあり、私は東大の医学部に進んだのかもしれません。

専門は。

渥美心臓外科医になり、人工心臓の開発を手掛けました。その動物実験では、目に見えないもの、サムシンググレートの存在を信じるようになりました。神の存在ですね。現在は、西洋医学と伝統医学、宗教などが融合した患者を中心に考える統合医療を志し、その手始めとして空海記念統合医療病院の設立を目指しています。