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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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東日本大震災教団アンケート

仏教者としての支援とは ―― 寄り添い心に聴く

2011年9月24日付 中外日報

東日本大震災から半年を機に中外日報が実施した「教団アンケート」では、伝統仏教や新宗教などの教団が、様々な支援活動の中で宗教者としてどのように考え、発信したのかも質問した。活動の内容だけでなく、その宗教的位置付けは重要な命題だからだ。各教団の教えと行動とがいかに結び付くのかなど、3回に分けて報告する。(北村敏泰)

伝統仏教十大宗派の回答では、「宗教教団にとって社会活動は極めて重要なテーマ」(浄土宗)と、今回の震災支援の意義を教団と社会との関係という側面から考える視点と、他方で祈りや供養も含め心の側面で教義などとの関係を捉える視点とが見られた。

岩手県釜石市の日蓮宗・仙寿院は数百人の避難所となったが、生活支援をする住職は毎朝、避難者と共に勤行し法話もした。続けるうちに、当初迷惑そうだった人々も抵抗なく「題目」を唱えるようになり、和やかな場になったという。

実践活動の中から「信仰」が垣間見えたこのケースを、日蓮宗は「人間には宗教という精神的支柱が必要」と総括。支援活動の意義を、地震など災厄の時代に『立正安国論』が著された経過と、「速やかに実乗の一善に帰せよ。しかればすなわち三界は皆仏国なり」の記述を引いて説く。

このように支援や社会活動との関わりを各教団とも複層的に把握する。

教えと活動との関係では、例えば天台宗は、「諸行無常」の現実を受け入れつつ「四摂事(布施、愛語、利行、同事)」を実践理念にすべきとし、「人々の喪失感や孤独感の克服に関わることが(僧侶の)社会活動」と回答。

曹洞宗は「菩薩行の実践としての発願利生」の具体化として「四摂事」を挙げた。真言宗智山派は、弘法大師の「済世利人」の具現化。浄土真宗本願寺派は「教義に基づく信仰の実践が社会への貢献」としている。

震災への取り組みと教団のあり方については、「日頃から地域社会活動に積極的な寺院などが大きな力となった」という浄土宗が、平時からそのような活動を推進し教団との協働体制を構築する必要性を挙げ、地域の対話交流の場として寺院機能を再生するお寺「共生堂」事業に言及した。

真宗大谷派は、「浄土真宗が現在にある意味を現実的に確かめる活動であり、仏教の力、寺の存在意義が問い直される機会」と位置付ける。

その中で「宗教者らしい支援とは」「活動における宗教性は」との質問に、高野山真言宗が「生かせいのち」の実践として被災者の悲しみ、苦しみを傾聴することを軸に据え、「拝むことも重要だが少しでも被災者の心を和らげることが目標であり仕事」と答えた。

臨済宗妙心寺派は供養と傾聴ボランティアを例に挙げつつ、「人間の尊さにめざめ、自分の生活も他人の生活も大切に」との生活信条のように、瓦礫撤去なども含めた生活全体への支援が「請う其の本を務めよ」などの教義に関わるとした。

本願寺派は「御同朋御同行としてすべての方々の悲しみに寄り添う」との教えに基づき、宗教者らしい活動の中心は「心のケア」や傾聴とする。

一方、支援活動での姿勢にも宗教者としての立ち位置が表れる。曹洞宗は「菩薩行は相手のためと同時に自らを宗教的に成長させる修行の側面を持つ」ことから、「支援してあげる」関係ではなく、僧侶が被災者と「同悲・同苦」の立場で寄り添うことを強調する。

大谷派は、被災者が何を望んでいるのかを丁寧に聞き、取り組むことが「何より肝要」と指摘。浄土宗の里見嘉嗣・社会国際局長は「我々の考えに基づいて活動する"陽徳"ではなく、現地のニーズを吸い上げて"陰徳"を積むような地道な活動が大切」と語る。

このように社会的観点と宗教的観点とがあっても、宗教が生きている人々のためにあり、人間が生きる指針であるという認識を根本にすれば、両者は同じことだ。

震災以前、特に葬儀問題をめぐって「仏教界批判」「寺離れ」が言われ、それへの反作用のように「社会貢献」が論議される場面もあった。だが、アンケートで示された各教団の考えが実際の「行動」となり、しかも日常の中で示されれば、社会との関わりもおのずから定まろう。

そうすれば、「僧侶は『祈ることしか出来ない』のではなく『祈ることも出来る』のです」との回答(日蓮宗)のように、震災で象徴的に表れた人々の「苦」への向き合い方は多様であっていい。その根底に確固たる信仰的信念があれば。

稲場圭信・大阪大学准教授(宗教社会学)の話

「組織としての公共空間への関わりが問われる時代、世俗とは異なる世界観を持っていても教団も社会的存在だ。その社会活動にも説明責任と社会改善への提言力が求められる。信仰と活動のつながりをいかに教義と関連付けて教団内部に説くかという課題も、自らが教義に基づいた人間観、世界観を問い直す契機となろう。苦難にある人に心を寄せ、必要なことを、丸ごとのケアをしている、その姿勢に宗教性がにじみ出る」