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晋山の盛儀に思う 見直したい寺報の効果

2017年5月31日付 中外日報(社説)

寺院の継職法要は、春秋に行われることが多い。ある寺院でも5月に、前住職の長男の晋山式が盛大に営まれた。前住職は4月に「毎月お送りしてきた寺報は、今号で終刊となります」と告知していた。歴史を重ねた寺報がまた一つ消えた。

1960年代、既成仏教各派は新宗教の進出に押され、危機感を共有していた。だがその頃、主要宗派が50年に1度の宗祖の大遠忌(遠諱)を迎えたのを契機に、布教体制を立て直した。

やがて列島改造ブーム。農山村は過疎化したが、大都市圏の周辺には新しい市街地が広がった。新市街地の住民に、檀那寺を求める動きが見られた。

家の宗旨を知らぬままに移住してきた新住民は、新仏の葬送や先祖の法事に直面して、近所の寺院を訪れた。都市近郊寺院の一部では、3桁だった檀家数が4桁になり、その対応に迫られた。

ワープロに続いてパソコンが普及したのは、その頃だった。若い寺族が手腕を発揮した。縁日や忌日の連絡を兼ねて、宗祖上人の遺徳をたたえる文章を添えるなど、それぞれに趣向を凝らした寺報が生まれた。俳句や短歌など檀信徒の文芸作品を紹介する欄も設けられて、文書伝道が花を開いた。

一方では年配の住職がはがきを利用して、テレホン法話の要旨を伝えるなどの「はがき寺報」も活発化した。

しかし平成時代に入ると、社会全体に活字離れが進み、仏教界でも文書伝道の魅力が低下する。読まれることの少ない寺報が、次々に姿を消した。

4桁に達したはずの檀家数が、いつの間にか元の3桁に戻っていたという例もある。寺報の消長は、そうした現象と無縁ではないのかもしれない。

そうした社会情勢にもかかわらず、檀家に支えられて刊行を続ける寺報もある。それぞれに住職のアイデアを反映した特色を備えていることが分かる。

例えば①月刊を固守せず、無理のない発行間隔を設定する②寺院からの一方的発信でなく、スペースの一部を檀信徒の寄稿のために充てる③パソコンに頼らず、住職が手書きして温かみのある誌面を作る④檀信徒だけでなく地域の人々にも配って、開かれた寺であることをアピールする――などである。

仏教は「如是我聞」の宗教であるが、文字に記録することで伝えられるものも多いのではないか。この春、盛儀のうちに晋董した新命住職各位に、寺報の効果についての再考を促したい。