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「義認」か「義化」か 一字の差から宗教戦争

2017年4月28日付 中外日報(社説)

今年はルターによる宗教改革から500年の節目に当たり、キリスト教界では記念行事を予定している教派もある。

1965(昭和40)年に終わった第2バチカン公会議以後、主としてカトリック側の提唱で、プロテスタント諸教会と和解し、協力し合う動きが進められてきた。新旧両派の長年にわたる争いの原因は、日本語に翻訳すればただ一字の差であった。

中世のカトリック教会は、十字軍の戦費がかさんだこともあり、信者に「免罪符」を売りつけようとした。全ての人々の罪はキリストの十字架で贖われているが、個人の罪を消すには善行が必要だ。善行とは祈り、巡礼、断食の他に教会への献金が含まれる。その善行を「義化」と呼んだ。

これに対しルターは、聖書に基づく信仰があれば神から「義」と認められ、救いが与えられると主張、これを「義認」と呼んだ。

義化の根拠は、新約聖書のヤコブの手紙などに、義認の根拠はパウロの諸書簡などにある。化か認かの一字の差が、1618年に始まる三十年戦争を引き起こした。全欧州の王侯が新旧両派に分かれて戦い、戦場となったドイツは荒廃して、神聖ローマ帝国解体のきっかけともなった。

こうした歴史から連想されるのは、法然が吉水の草庵で教えを説いた12世紀後半の事績とされる伝承である。弟子たちを呼び集めて「信の座」と「行の座」のいずれかを選べと命じたら、弟子の多くが「行の座」を選んだのに、親鸞だけは「信の座」を選び、法然の意にかなったという。

信さえあれば救われるとした親鸞を「義認」的であるとすれば、他の弟子は「義化」的であったともいえる。日本仏教では法然の教化により、信と行の問題がごく自然に解決されたが、一神教のキリスト教世界は、血みどろの宗教戦争を招来した。さらに法然の提唱は、ルターの宗教改革に300年以上も先んじている。宗教風土の差というべきだろうか。

すでにカトリック教会とルーテル世界連盟の間では①「義認」とは神の許しと「義化」を意味する②「義認」と救いは善行によって得られるのでなく、善行のうちに表れる、という共同宣言が行われている。つまり両者は一体だ、というのである。

約20年前、バチカンの一部では「アジア特有の多神教の精神風土を念頭に置いた宣教も必要だ」との提唱が行われたとも聞くが、その後どうなったであろうか。他宗教の長所を互いに学び合う宣教活動を期待したい。