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福島差別今もなお 広島以後、何を学んだ

2017年3月8日付 中外日報(社説)

1945(昭和20)年8月、原爆投下直後の広島では「ガスを吸ったのだ」という言葉が飛び交った。物陰にいて負傷しなかった人の中から、数日後に髪が抜け、皮膚に斑点が出て死亡する例が相次いだ。間近で放射線を浴びたためだが、当時の人々はそれが理解できず、原爆から特殊なガスが出たと考えたようだ。

戦時中に制作された映画「無法松の一生」で好演した女優・園井恵子はその日、爆心から700メートルの旅館にいて、倒れた建物の下から無傷で脱出した。神戸市のファン宅にたどり着き、終戦を知る。盛岡市の母宛てに、はがきを書いた。「やっと自由な演劇活動のできる時代になりました」と。

だが、その直後から「ガスを吸っていた」症状が出て、6日後に帰らぬ人となった。

それから66年。2011(平成23)年3月、東日本大震災で東電の福島原発が、津波のためダメージを受ける。放射能漏れが観測された。広島・長崎の原爆と同じような被害が起こると早合点した人は、少なくなかった。

スーパーやコンビニでは、ボトル入り飲料水が売り切れた。東日本上空には原発の放射性物質が浮かんでおり、雨水が上水道に流れ込むと飲めなくなる、というのだ。津波で立ち枯れた松の木を京都の五山送り火で焼き、犠牲者を追悼しようとしたら異論が出た。松の木は放射能を帯びている。その灰が琵琶湖へ落ちるだろう。関西の上水道は汚染される、と真面目に論議された。各地の駐車場で福島ナンバーの車が締め出されたことは、記憶に新しい。

被爆から長い年月を経たというのに、この国では原爆と原発についての理解が十分ではなかった。学者やメディアも、危機感をあおるような説と、必要以上に騒ぐことはないという説が相半ばし、判断を迷わせてきた。

東日本大震災から6年になるというのに、信じ難い話が伝わってくる。関西の有力私大では、非常勤講師が突如、電灯を消した。福島出身の学生がいたので、その体から放射能の光が漏れていないかを確かめたのだとか。

その他、各地の学校では、福島からの転校生に対するいじめが相次いでいるという。関東の大都市の小学校では、いじめグループが転校生から百数十万円を召し上げていた。教育長は「互いにおごっているのだと思った」そうだ。百万円を超すやりとりに、事件性を感じなかったのか。

広島・長崎から七十余年。「ガスを吸った」レベルの感覚から脱却し、正しい認識を確立したい。