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暴走の危険性はらむ あおられた愛国主義の危険

2017年2月22日付 中外日報(社説)

名優チャップリンが残した名言に「私は祖国を愛するが、祖国に愛せよと言われたら、遠慮なく祖国から出ていく」というのがある。チャップリンはハリウッドで活躍、1952年米国を追放されたが、英国出身で米国籍はなく、どんな状況での発言なのかは不詳だ。ただ、名作「独裁者」や「殺人狂時代」などの反戦映画で米軍部ににらまれた上、朝鮮戦争で高まる反共運動=マッカーシズムで窮地に陥った。追放は過去の未成年女性との結婚をあげつらわれたが、真の理由は「赤」と見なされたことだった(淀川長治著『私のチャップリン』などによる)。

愛国心は強要されるものではなく、無分別に高揚すると敵対する者への攻撃や戦争へと暴走する危険を常にはらむ。チャップリンは「殺人狂時代」でも主人公に「一人殺せば犯罪者だが、百万人なら英雄だ」と語らせており、冒頭の言葉は戦争を憎む自己の思想・信念から出た心の叫びと理解して無理はなかろう。

チャップリンを追放した“赤狩り”は、米国民の共産主義への脅えに乗じたポピュリズム政治家が主導した。情動的な愛国心を刺激され、米国社会の異常に排外的な時代は50年代後半まで続いた。

米国のこの歴史の体験は、現在進行形の「トランプ現象」と重なる。テロの脅威と白人労働者の雇用喪失の不満をズームアップし、メキシコ国境の「壁」建設やイスラム教徒の入国制限など極端な排外政策につなげるトランプ大統領の「米国第一主義」は、健全な愛国心とは程遠い。

米国ばかりではない。外電(AFP電子版)は、89年にドイツを分断していた「ベルリンの壁」が撤去されて以降、世界の国境や境界線に存在する「壁」は逆に増え続けているというカナダの研究者の指摘を報じている。それぞれ事情は異なるだろう。また、人々を分断するのは当然ながら「壁」だけではない。日本では、例えば近隣国を侮辱し、薄っぺらな愛国心を煽る出版物があふれている。

そんな世相を見るにつけ、かつてヒトラー後継者と目されたゲーリングの言葉を思い出す。この男は、国民を戦争に導くのは簡単で「外国から攻撃されつつあると言うだけでいい。平和主義者には愛国心がなく、国を危険にさらす人々だと非難すればいいだけのことだ」(要約)と言ったそうだ。これはファシズムへの道である。

愛国心も人類愛や「地球市民」概念に通じるものでなくてはならない。それが仏教の立場だ。偏狭な愛国主義がまん延する世に、これほど今日的な教えはあるまい。