ニュース画像
参列者が見守る中、晋山式に臨む藤里貫主
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版

日本社会の病理 沖縄の痛みに無感覚なのか

2017年2月1日付 中外日報(社説)

15世紀の沖縄(琉球王国)は仏教の信仰が篤く、中国、朝鮮などアジアとの交易にも熱心だったことが、王が造らせた梵鐘「万国津梁の鐘」(沖縄県立博物館・美術館蔵)の銘文からも分かる。万国津梁は「世界を結ぶ懸け橋」の意。銘文は禅僧・渓隠の作で、梵鐘は首里城正殿にかけられていた。

1609年琉球に侵攻した薩摩藩が仏教を抑圧し、暗転する。その後長い沖縄の受難の歴史は仏教の受難と共に始まったわけだ。

だが、沖縄の人々の万国津梁の精神は脈々と受け継がれていく。

昨年12月、バジル・ホール来琉200年の記念碑除幕式が那覇市であった。バジル(ベイジルとも)は1816年琉球に1カ月半滞在した英国軍艦2隻の一方の艦長。琉球を航海記で初めてヨーロッパに紹介した。日本語訳の岩波文庫『朝鮮・琉球航海記』によるとバジルは、外国人には疑い深いが知的で親しみやすい琉球人の気風を好感し、信頼を深める努力を怠らなかった。将来来航する外国人に向け、琉球人との交流が「性急で過酷であれば、親密な関係を築こうとする企ては確実に失敗する」との一文を記している。

記念碑の建立は、沖縄が戦争とは無縁だった時代、遠く英国とも友好を結んでいたことを若者たちに知ってほしいからという。

200年前、アジアの「小国」に礼節を忘れなかった英国将校。一方で今の時代、日本では沖縄・高江の米軍ヘリ着陸帯建設に反対する住民に大阪府警機動隊員が「ぼけ、土人が」「黙れ、こら、シナ人」と暴言を浴びせ、府知事が隊員をかばい、政府は暴言を「差別と断定できない」と公言する。現場では取材の地元紙記者を強引に排除するなど、居丈高な国の対応が続いているようだ。

沖縄では県民の総意に反し辺野古基地の建設も強行されている。平和主義を掲げながら安全保障は米軍依存、負担は沖縄に押し付ける。身勝手なものである。しかも基地に反対すると、本土で悪意に満ちたデマ・中傷にさらされ、東京ではそれをあおるような番組を流す地域テレビ局まで現れた。

沖縄は年1回超のペースで米軍機が墜落し(地元紙による)、小学校で墜落を想定した訓練をする。そのうち普天間小学校が先日、優れた防災の取り組みを顕彰する「ぼうさい甲子園」のフロンティア賞に選ばれた。阪神・淡路大震災で兵庫県と全国紙などがつくった制度で、本来は自然災害が対象だ。爆音の下、訓練に励む子どもたちの痛々しさ。その姿に無感覚なら、社会の病状は相当に重い。