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宗教の商品化 「税」だけが問題ではない

2017年1月11日付 中外日報(社説)

オンラインショッピングが活発化し、店舗でもクレジットカード、電子マネーで支払いを済ませる人が大幅に増えてきた。現金よりカードの時代ということだろうか、寺や神社でカードを使えないかと尋ねる人もいる。東京には、初詣の賽銭まで電子マネーで受け入れている神社がある。

都心に位置するこの神社は数年前から試験的に賽銭のための電子マネー読み取り機を設置してきた。大手IT企業からの提案で、会社などの仕事始めの日だけ、この企業の電子マネー専用読み取り機を置いているという。同社幹部の参拝とも関係があるようだ。

賽銭の一部がカード会社の手数料に充てられ、そこに課税が発生する可能性もあるのでは、という疑問が直ちに思い浮かぶ。上記IT企業は読み取り機を無償で貸し出し、決済の手数料も求めないとされるが、この条件が成り立つのは稀だろう。

最近はイオンの葬儀やアマゾンの「お坊さん便」など、宗教のかつての「専門」的領域にまで大手企業が関わり始めた。企業は利益を見込める需要が存在すれば、営利の可能性を追求する。社会的需要に応えることは企業にとって当然のことであり、本業の営利事業を通じて、公益に一定の貢献をすることにもつながる。

例えば、寺でクレジットカードを利用したいという需要があれば、企業が実現可能性を考えても不思議ではない。ただ、その際、お布施や拝観行為の宗教的意味はどの程度深く意識されるだろうか。

その一方で、宗教団体自体も世俗化が進んでいる。今では宗門の大行事の一部を広告代理店等に委ねたり、クレジットカードなど経済システムに何らかの形で関与する事例が散見される。しかし、宗教と企業活動は言うまでもなく、よって立つところが違う。

先に触れた電子カードの賽銭などは、企業は需要があると判断しても、他の寺社がうっかり真似るわけにはゆくまい。信仰への課税という非常に危険な領域に足を踏み入れ、「宗教の商品化」に棹さす恐れがある。

先頃、京都仏教会の研究会で講演した洗建・駒沢大名誉教授は、宗教者が企業活動に取り込まれる形で、宗教行為の商品化が進むことの危険性に注意を促した。「企業と関わりを持つ場合も、宗教としての主体性を失ってはいけない」という警告は当然のことだが、改めて耳を傾けたい。

商品化の危うさは課税問題だけではない。「宗教とは何であるか」という問題にも深く関わってくるのである。