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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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「原発いじめ」問題 社会の根に抑圧の構造

2016年12月16日付 中外日報(社説)

映画「天空の蜂」は、テロリストが原発上空に爆弾を積んだヘリコプターを飛ばし、「全国すべての原発を停止しなければ墜落させる」と脅迫する筋書きだ。犯人は原子力開発の技術者で、以前そのために息子がいじめを受けて自殺したことに怨念を募らせていた。だが、いじめた子供の家庭も原発に反対しているのを理由に周囲から脅迫を受けていた。原発の危険性や諸矛盾に目を向けず、結果として電力という“恩恵”だけをむさぼる国民に、犯人は暴力的に問題点を告発した――という物語。

高速増殖炉「もんじゅ」の事故もまだ起きていない21年前に発表された原作の小説と違い、東日本大震災の後に制作された映画では終盤、主人公が「国民は将来、きっと問題に気付くだろう」との趣旨の予言めいた言葉を発する。

だが、その「予言」通りに、東京電力福島原発事故で多くの国民が“気付いた”後にもかかわらず、新たな「原発いじめ」が問題になっている。原発自体や原子力政策への批判・いじめではない。事故で生活を奪われ、故郷を追われて遠方に避難転居した子供たちへの陰湿で悪質ないじめだ。「放射能、ばいきん」と蔑まれ、「賠償金をもらっているだろう」と多額の金を奪われた横浜市の中学男子生徒が手記で告白して社会に衝撃が広がった。原発は関係する全ての人々をこうして不幸に陥れる。

いじめや虐待では、それを受ける側にもする側にも抑圧や不幸な境遇があることが多い。深夜の公園で野宿者を襲撃する子供たちは、他に行き場も不満のやり場もない環境に育っているという報告がある。原発事故被害者をいじめる子供らは、避難者を白眼視しわずかな賠償金をやっかむような親たちの言葉を家庭で聞いていた。

この世間でうまく生きていけない者が、自分よりひどい境遇の者を迫害、差別する。そのような構造がこの社会の病巣だとは、様々な局面で指摘されている。弱者同士の対立で、権力を持った問題の当事者が追及を免れる。抵抗できない多くの障害者を殺傷した「津久井やまゆり園」事件で、犠牲者の供養をする地元の住職は「役に立たぬ者はいなくなればという容疑者の優生思想はしかし、政治にも社会全体にも横たわっている。いのちが公平に扱われない世の中に憤りを感じます」と語った。

「仏教はいかに、なぜ生きるかを正しく教えている」とも。「いままでなんかいも死のうとおもった。でも、しんさいでいっぱい死んだから、つらいけどぼくはいきるときめた」。いじめられた男子生徒の言葉が救いだ。