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今度はハロウィン 商業主義に利用されるもの

2016年11月18日付 中外日報(社説)

キリスト教のクリスマスは、我が国でも戦前から祝われていた。盛んになったのは戦後多くの人が教会に行くようになってからである。しかし、やがてそれは信仰とは無関係になり、子供がプレゼントをもらい、パパがケーキを我が家に買って帰る日となった。

街の樹々にはイルミネーションが灯り、ジングルベルが流され、サンタクロースとトナカイがビルの壁に浮かび上がる。しかし肝心の主人公である幼児イエスの姿はどこにもない。教会の前を通り掛かった酔っぱらいが、へえ、教会でもクリスマスを祝うんだと言ったという笑い話も語られる。

実はイエスの誕生日は知られていない。クリスマスは元来ゲルマン民族が太陽の回帰を祝う冬至祭であったとか、ローマ古来の太陽神崇拝では太陽神の誕生日であったのがキリスト教化されイエスの誕生日とされた、などといわれている。

戦後流行ったのがバレンタインデーである。もともとは3世紀に殉教したイタリアの聖者バレンティヌスの記念日である。異性に贈り物をする習慣はローマ古来のルペルカリア祭と結び付いてできたとされる。女性が男性にチョコレートを贈る習慣は日本のチョコレート会社の宣伝から始まったようだ。ローマ皇帝クラウディウスによるキリスト者迫害の犠牲となった聖者を想う人はいない。

しばらく前から始まったハロウィンは今年も渋谷辺りで盛り上がった。これは元来、古代ケルト民族の祭りで、異界との交流の日であった。それがカトリック教会では万聖節つまり諸聖人の祝日となった。アメリカやオーストラリアでは子供の祭りである。子供たちはカボチャをくりぬいてお化けちょうちんを作り、仮装した魔女を追い出して遊ぶ。日本では仮装を売り出すセールスチャンスになりつつある。

これらの祭りはキリスト教以前の民族宗教の行事を教会が取り入れたもので、日本はもとより、キリスト教とも本来は関係がない。それを日本人が祝うのは、西洋人がお盆に灯籠流しをするようなものだが、これはちょっと流行りそうもない。

グローバル化が進んでいるとはいえ、日本人が西洋のものなら何でも抵抗なしに受け入れるさまは異様である。しかも本来の意味は失われて、商業主義が臆面もなくそれを利用している。明治維新以来150年。当時は欧米化が近代化であった。日本人には西洋化が文明化だという通念が定着していて、いまだにそこから抜け切れずにいるのだろうか。