ニュース画像
参列者が念仏を称える中、伊藤門主は1292霊の法名が記された御回向帳を1枚ずつ手繰った
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版

「核」と人間の愚 無明を早く脱却せねば

2016年11月4日付 中外日報(社説)

原爆開発を主導したオッペンハイマーの有名な言葉「物理学者は罪を知ってしまった」は科学者としての罪責感の表明というより、むしろキリスト教の原罪に通じる観念に近いという。原爆の破壊力と非人間性を熟知の上、2度も実戦に用い、さらに核軍拡へと狂奔するものの正体は政治と、その政策決定を支持する個々の人間だ。米国は原爆開発に最大13万人を動員した。禁断の果実に魅入られたような、巨大な国家プロジェクトの中心にいた科学者の思いは、通常の倫理や道徳の言葉では語れなかった、と解説される。

その辺の事情は藤永茂著『ロバート・オッペンハイマー―愚者としての科学者』に詳しい。

19世紀フランスの化学・細菌学者パスツールは「科学に国境はないが、科学者には祖国がある」という言葉を残した。自然の法則を探る科学は平和であってこそ人類の幸福に役立つが、戦時は国益に翻弄される。20世紀の惨劇をも予見していたかのようである。

戦争はあらゆる人々の幸せを奪う最大の惨事だ。科学も、技術と密着した即効的な成果を迫られ、方向がゆがむ。核兵器は科学技術の到達点の最たるものだが、人類は目的を成就した途端に滅亡の危機と向き合った。それが原罪なのかどうかはさておき、先日その愚かさを端的に言い表した一句を新聞の万能川柳欄で見た。

《人類を絶滅危惧種にしてる核》

だが、原爆開発の正体と目された政治の論理は今も、この自明の理をかたくなに拒む。

10月末、核兵器を法的に禁じる「核兵器禁止条約」の交渉を来年から始めるとの決議が軍縮を扱う国連総会委員会で採択された。その際、米ロなど核大国が反対したのは象徴的だ。中でも「核なき世界」提唱国の米国が「核抑止力に悪影響を及ぼす」と強く反発し、日本もその意向を酌んで決議に反対した。これは「不可解」を超えていた。

核兵器も原発も、核エネルギーは人知による制御が難しい。日本はその両方の「核」で惨禍を体験しながら原発は再稼働し、核兵器は今春「憲法9条は一切の核兵器保有と使用を禁止しているわけではない」と閣議で決めた。無明という言葉が浮かぶ。学習能力に乏しいといわれても仕方なかろう。

1962年、ノーベル賞の湯川秀樹、朝永振一郎両博士ら21人連名の科学者京都会議声明に、核抑止力の考え方は、より大きな競争を生み「戦争廃絶の方向に逆行する」という一文がある。核の脅威が生々しかった時代の先学の明敏さを学び直さねばならない。