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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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伝統仏教の危機克服 後継者育成の一点集中で

2016年10月28日付 中外日報(社説)

近い将来の寺院数大幅減が宗教界の内外で語られている。文化庁宗務課の『宗務時報』によると、合併と任意解散、解散命令を合わせた数はこのところずっと増加基調で、仏教系の宗教法人数も2009年から13年にかけて、7万7700から7万7518に減少している。これ自体は、万単位の劇的な減少予測を裏書きするほどの数字上の兆候ではない。しかし、海面の波は一見穏やかでも、宗門の幹部の多くはドラスチックな底流の変化を肌で感じているのではないか。

先師たちが仏法に帰依する檀越の布施を得て支えてきた寺が消えてゆくのを、為すすべなく見守るのは、宗門人なら誰も心苦しい。21年前の宗教法人法改正に際し、宗教法人審議会委員だったある宗派の宗務総長が「文化庁は解散、合併を言うが、行政の言うがままに廃寺にはできない」と声を高くして語っていたのが思い出される。その後も、護持が難しい寺を何とか復興させようという試みはあちこちでいくつも見てきた。

しかし、伽藍は護る人がいなければ朽ちて、いずれは自然に消えてしまう。「人」さえいれば、寺門護持の道は開かれてゆく。これまでもそうだったし、これからも同じことだろう。一方で、大きな伽藍を経済的に維持できなくとも、法統を伝える後継者さえいれば、仏法自体はしっかりと生き続ける、ということもいえる。

伝統仏教の未来に暗雲が垂れ込めているいま、宗門の英知、組織力と限られた財力は思い切って人材育成という一つの大きな目的に向けられるべきではないか。真に仏教者の名に値する者がいなくなって、伽藍だけが残っても全く意味はないのである。

聖道門でも寺が家庭化して、一般寺院での徒弟教育は過去の語り草となり、僧侶としての教育の多くの部分はいまや宗門系の学校教育の中に組み込まれている。禅宗の専門道場など、特に伝統と脱世俗性が重んじられる修行が、社会的感覚の枠内でその是非を問われることも多くなった。

既成仏教の衰退は、一般に過疎化、寺離れとか葬儀無用論などをキーワードに語られるが、実はそれに先立って、このような後継者育成の危機という形でずっと前から顕在化している、と考えた方がいいだろう。

檀徒数や資金力を基準に考えると、時代の趨勢から見て、伝統教団の教勢復活は難しい。しかし、宗門の次代を担う人材を育てることに成功すれば、仏教の復興は空論ではなくなる。いまは後継者教育に総力を傾注すべき時だ。