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戦後の希望の崩壊 経済中心社会への幻滅

2016年10月21日付 中外日報(社説)

戦後70年、変わったことは多々あるが、敗戦直後の世相は解放と混乱と無秩序の中に明るい希望を宿していた。人間らしく生きたいという切なる願いが至る所で感じられた。戦後間もなくヒットした並木路子の「リンゴの唄」は、貧しいながら明るく楽しい家庭生活のシンボルではなかったか。

60年安保の頃から、実存主義と共に思潮を二分した反体制の機運は、やがて学園紛争となって吹き荒れたが、この時期の世にはまだ思想と変革への関心が見られ、日本の将来に希望を抱く人がいたようである。

他方、ほぼ同時に始まった経済の高度成長は全国民の関心を奪った。田中角栄首相の日本列島改造論が一つのきっかけとなって始まった土地バブルの狂騒は、90年代初めにあえなく終わりを告げ、長い不況の時期に入る。この頃から人々の改革への意欲が色あせてきたように思われる。

この時期にヒットした映画に山田洋次監督、渥美清主演の「男はつらいよ」がある。この映画は様々な観点から見られるだろう。ドン・ファン物語の裏返しとみる人もいるだろうし、現れては人助けをして去ってゆく「聖者」伝説の構造をそこに見る人もいるかもしれない。

実は深い文学史的背景を踏まえているらしい作品だが、話の表層では、管理が強化された社会の外に出て気ままに生きる風来坊の寅さんの、無欲で人情に厚い楽天的な生きざまが多くの人を引き付けたのであろう。

「リンゴの唄」と「男はつらいよ」を比べてみると、世相の違いが浮かび上がる。後者では素朴で明るい希望が消えて、実家を出た寂しがり屋が、自らの家庭生活をつくろうとしては失敗し、それでもめげないという、失望と楽天性のないまぜが見られる。

戦後、「家」の伝統を失った家族は崩壊の危機にさらされた。いまや三世代家族はおろか、核家族まで分解してゆく状況だ。しかし問題は家族の崩壊という社会学的現象だけではない。

「リンゴの唄」は家族的なリンゴ摘みの労働歌だった。他方、寅さんは「労働者」ではない。生き残るために必死の競争に熱中する社会からはじき出され、そこで自由と人情を生きているのである。むしろ、人間らしさはそこにしかない、と言っているようにさえ見える。

今にして思えば、それは経済中心の管理社会に対する戦後世代の幻滅の始まりだったのではないか。幻滅は今も社会の深層で進んでいるようだ。