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メディアの危機的状況 国民の負託に応えねば

2016年10月5日付 中外日報(社説)

権力を監視し、批判する気骨がジャーナリズムの本質なら「反骨のジャーナリスト」は二重形容だという指摘がある。社会貢献は仏教の教説に内在し、わざわざ断るまでもないと近年の社会参加仏教の潮流に疑義を唱える論理と一脈通じるようだが、理路が異なる。昨今のマスメディアは反骨精神を失い、ジャーナリズムは危機に瀕している。だから逆に言葉だけの「反骨」が重宝される、と裏返しの論法でメディアの自覚を促す。

例えば第2次安倍政権以降、安倍首相は過去の諸政権と比較にならないほど頻繁にマスメディア幹部と会食を重ねている。新聞各紙の首相動静欄で分かる。9月1日夜の会食場所は改憲を主張し続ける全国紙の本社ビルで、同社主筆の他に保守系全国紙や通信社、経済紙の社長・幹部らが出席した。

首相の会食相手はテレビ・キー局や保守系全国紙の社長・幹部らに偏っているが、他の全国紙、主要地方紙も例外ではない。会食の理由を「最高権力者の意向を確かめる大事な機会」と説明したメディアもある。

だが、最高権力者だからこそメディアと「密室」での度重なる会食は政権との癒着を生む。そんな不信感を抱く市民に説得力を持つ説明だろうか。権力との緊張関係を保つことがジャーナリズムの生命線のはずである。

メディア研究者によると「トップを落とすのが安倍政権の水際立ったメディア戦略」だ。社長らが首相と会食していると、社内では「上」の顔色を見て政権に関係する報道をゆがめる恐れが生じる。いわゆる「忖度」で、この“トップダウン”による報道の自主規制は外部から見えないから厄介だ。

先の参院選でテレビの選挙報道が大幅に減り、改憲の成否をめぐる「3分の2の攻防」が焦点だったことさえ知らなかった有権者がいた。選挙結果には様々な要因が絡んでいるにしても、特にテレビ報道が政権に有利に働いたことは否めず、強い批判が出た。

復古主義的な政権体質や自民党の教育への介入などで現場では平和を語ることさえはばかられ、戦争体験の語り部への講演依頼を撤回する学校も出てきたという。特定秘密保護法や複雑な安保法制などで国の動きが見えにくい中、マスメディアの役割はかつてなく重い意味を持つ。その責務を忘れると国民は「ハーメルンの笛吹き男」の伝承に似て、国に操られる悪夢が絵空事ではなくなってしまう。全体主義にほかならない。

今、大切なのは情報の自由な流通だ。それを奪われると社会は多様性をなくし、心の自由も失う。