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“列聖”マザーから教訓 心のぬくもり写せ

2016年9月16日付 中外日報(社説)

1979(昭和54)年にノーベル平和賞を受け“カルカッタ(コルカタ)の聖女”と呼ばれていたマザー・テレサが初めて来日したのは、2年後の81年である。カトリック教会関係者から耳打ちされた新聞記者たちはマザーが滞在しそうな場所を捜し歩いたが、ついに会えずじまいだった。

ある社は「大阪・西成の労働者街を訪ねたらしい」と聞いて駆け付けたが、マザーはすでに、東京へ戻る新幹線の車中だった。

新約聖書マタイ福音書第6章には「右手のしていることを左手に知らせるな」という言葉がある。善行は、これ見よがしにするものではなく、ひそやかに行えと説いたものだ。マザーはその教えを守り、自分の行動がメディアに報じられることを避け続けた。

曹洞宗に縁の深いシャンティ国際ボランティア会の活動に啓発され、世界の難民の姿を写し続けていたフォト・ジャーナリストの小林正典氏(大阪府豊中市)が、マザーの実像を取材したいと願ってコルカタの「神の愛の宣教者会」を訪れたのは、同じ81年である。マザーと親しいベルギー人神父の紹介で訪れた小林氏に、マザーは「カメラを置いて手を差し伸べたら」と言い残し、インド各地歴訪の旅に出発した。

普通の取材者なら、引き下がるところだ。しかし難民取材の経験のある小林氏は、踏みとどまった。マザーの留守中の「死を待つ人の家」で、余命少ない人々の手を、何の抵抗もなく握れるようになった。「子供の家」の幼児たちとも心を通わせた。「マザーは、当時31歳の私に、表面だけでなく、人の心のぬくもりを写せと教えてくれたのです」

あと数日で滞在期限が切れるという日、マザーが帰ってきた。シスターの一人が「コバヤシさんは私たちと一緒に奉仕活動を続けました」と報告すると、カメラに向かってニッコリ笑い、自由に撮影することを許してくれた。小林氏は、マザーに信頼される写真家の一人となった。

当時の写真はデジタルでなく、フィルムを使う“銀塩”の時代である。カラー撮影が主流となりつつある中で小林氏は、あえてモノクロ(白黒)を中心にシャッターを切り続けた。「モノクロには無限の色彩が含まれている」との信念からだ。

97(平成9)年に召天(死去)したマザーは9月4日、異例の早さで聖人に列せられた。小林氏はそれを記念して写真集『マザー・テレサと神の子』(ビレッジプレス)を出版した。全作品がモノクロである。