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両陛下の沖縄への祈り 国民全ての平穏を願う

2016年6月24日付 中外日報(社説)

天皇陛下は皇太子時代の1981年夏の定例会見で「日本では、どうしても記憶しなければならないことが四つあると思います」と述べ、終戦記念日、広島と長崎の原爆忌と並び6月23日の沖縄戦終結の日(慰霊の日)を示された(薗部英一編『新天皇家の自画像―記者会見全記録』文藝春秋)。宮内庁ホームページ(戦没者慰霊)も「忘れてはならない4つの日」として挙げ、毎年その日、ご家族で祈りを捧げているという。

天皇陛下は美智子さまと94年6月訪米の際、サンフランシスコの市長主催晩餐会が沖縄「慰霊の日」追悼式の黙とうの時刻と重なったため調整してもらい、ホテルの部屋で追悼式に合わせ静かに黙とうしたというエピソードもある。

お二人は皇太子時代と天皇になってから各5回、計10回沖縄を訪問した。そうした沖縄へのこだわりは、災害被災地への見舞いに見る「国民との共苦」の思想と重なるが、それだけではない。先の大戦末期の惨禍など沖縄県民が歩んできた険しい道を、日本全体の平和にかかわる問題として捉えているから、という説がある(斉藤利彦著『明仁天皇と平和主義』朝日新聞出版)。その姿勢は、戦争のない世を願う心を沖縄伝統の琉歌に託して詠まれた75年の沖縄初訪問の時から一貫している。

近年、沖縄は戦後日本最大の問題という声を聞く。143万余の同胞が戦後70年以上たつのに、事実上の米軍の「占領」状態に置かれたまま。世界に例のない状況を指す。5月の米軍属による女性惨殺事件も、その理不尽さと関係するが、主権を侵害され、国民の命を危険にさらし、殺害されても米軍に特権を認める対米従属関係を国は正そうとしない。事件への憤りが頂点に達する中で19日に抗議の意思を表す沖縄県民大会が開かれ、23日には「慰霊の日」の追悼式があった。だが、本土では「沖縄の怒り」とは報じられても「国民の怒り」という言葉を聞かない。

問題の核心は本土の倫理・道義性にある。本土側は沖縄の米軍に安全保障上の「安心」を求めているのだろうが、犠牲になる人々に無関心でいて真に心の平安が望めるものなのか。沖縄に寄り添い、沖縄の歴史を深く認識するように本土住民に語り掛ける天皇陛下のまなざしとは開きがあるようだ。

沖縄と皇室には、昭和天皇が戦後、米軍の沖縄占領を望んだとされ、宮内庁編纂『昭和天皇実録』でも間接的に触れている「沖縄メッセージ」などの「負の歴史」がある。両陛下は、その不幸な関係も癒やしているように思われる。