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数字粉飾 信用失う怖さに気づけ

2016年5月25日付 中外日報(社説)

実験室へ入ると学生たちに「エトヴァス ノイエス?」と問い掛ける先生がいた。留学経験のある化学の教授。ドイツ語で「新しい発見があったかね」と尋ねたのだ。教授は続けて言った。「実験が思い通りに進まなかったら、失敗の経過を正直に報告しなさい。この条件では化学反応が進まないことを明らかにすることも、実績の一つだから」と。

「決算報告書が赤字になったときは、正直に赤字であると表示しなさい。決算は企業のカルテで、風邪をひいたら熱が出るのは当たり前。どうやって熱を下げるかを考えるのは経営者の責任だ。会計担当者が赤字を黒字に変えようと悩むのは筋違いです」と教えたのは会計学の教授だった。

終戦直後に発足した4年制大学では、入学直後の教養課程で文系・理系様々の講座を履修することができた。化学・会計学の両教授が説いたのは、どんな学問も、世間を欺くために使ってはならないという、人間として当たり前の道だった。

戦後70年間に、日本が国際社会で積み重ねてきたのは「日本の技術は優秀だ」「日本の企業はうそをつかない」という評価である。しかし右肩上がりの高度成長経済が崩れてからは、一部ながらその定評を崩す企業が見られるようになった。

ある自動車製造会社は、ガソリン1リットルで走れる距離を示す燃費計算の数値を偽って表示していた。25年にもわたってユーザーを騙し続けてきたというから、この会社では技術者の良心など、無いに等しい。別の電機メーカーでは、トップが各事業部に「何とか黒字をひねり出せ」と命じたため、どの部門も粉飾決算を積み重ね、気が付いた時は巨額の赤字で身動きが取れなくなっていた。共に日本を代表する有名企業で、国際信用を裏切るものだ。

戦前の「修身」の教科書には、こんな話が載っていた。中国の後漢時代の高官・楊震に金10斤の賄賂を持ち込み、頼み事をした者がいた。楊震は「誰も知らないと思っていても天知る、地知る、我知る、子(あなた)知る。悪事は必ず知れ渡るものだ」と言って戒めた。また日本の江戸時代初期の京都所司代・板倉重宗は、訴訟事件で公正な裁きができるよう、毎朝、洛西の愛宕権現を遥拝して心を引き締めた、と。

企業としてのモラルの自覚や、それに基づく努力もなく、「何とかしろ」と命じる経営者や幹部。「何とかしろ」でひねり出した根拠の乏しい数字の怖さに、まず気付くべきではなかっただろうか。