ニュース画像
「誠」の隊旗を掲げた五重塔院で営まれた法要
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版

生活に困窮する寺 寺院間経済格差も問題

2016年5月18日付 中外日報(社説)

仏教界には「肉山」「骨山」という言葉がある。一般の人々もその言葉は知らなくても、寺によって経済的格差が大きいことはよく知っている。

「肉山」はむろん多くの檀信徒がいるなど、信仰を集める寺であるわけだが、場合によっては「宗教と金」というような観点から批判的な見方をされることもある。

一方、「骨山」は、最近は他の職業に就いて生活や寺の経営まで支える兼職住職、専任の住職を置く余裕のない被兼務寺院、さらには護持が不可能になった不活動法人といった枠組みで盛んに論じられるようになった。僧籍を持つ雑誌記者が『寺院消滅』というルポを書いて広く注目される時代だ。宗門の関心も今後一層、「骨山」の問題に向けられてゆくだろう。

ところで、3月11日付本紙によると、臨済宗妙心寺派の定期宗議会で「生活に困窮している住職」の支援策について質疑があった。寺という住む場所があるため、収入がほとんどなくても生活保護が受けられないケースがある。宗派として何らかの対応はできないか――との趣旨だ。

宗費負担などで寺院の経済格差問題は宗議会でしばしば議論されるが、住職の「生活困窮」が正面から取り上げられることはあまりない。社会的弱者に対する宗教者としての支援活動とは別に、世襲と結び付いた寺院間格差を背景とする宗門内の「生活困窮者」の問題にもそろそろ真剣に目を向けよ、ということだろう。

これに関連した後日の記事によれば、同派の栗原正雄宗務総長はアマゾンの僧侶派遣問題に触れる中で、このようなシステムを護持条件が厳しい寺院を視野に入れた共益的対策として検討する可能性も示唆した。同様の意見は他にもある。いきなり全国レベルで構築するのは難しいにしても、教区など狭い範囲でなら条件が整えば不可能な話ではないかもしれない。

身寄りのない一人暮らしの尼僧を、寺が経営母体になっている老人ホームに引き取り、最後まで面倒を見たという話も聞くが、高齢化社会の現状は、個人レベルの美談ではもはや片付かない。僧伽としての対応が問われる。

伝統仏教教団は教義や法統などで結ばれた団体であると同時に、特に一般寺院にとっては共益的な期待を寄せる組織でもある。現実に存在する経済格差を宗旨で説明することは不可能だ。「寺院消滅」が仏教界の将来について語るキーワードになっているいま、各宗派は寺院間の「貧富」の差の本質的問題にも一層深く関わってゆかざるを得ないと考える。