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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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救援活動は現場重視で 上から目線は願い下げだ

2016年4月29日付 中外日報(社説)

災害救援は、策を決める組織・場所が現場から遠いほど本当に必要とする人々に支援の手が届かない。失意に沈む被災者を一層苦しめる事態さえ生じる。

不意を食い混乱する行政当局、プライバシーがない避難所生活が長引き「もう限界」と悲鳴を上げる被災者、増えていく震災関連死……専門家は強震度の連続に「予想外」と困惑する。熊本地震の被災地の情景は1995年の阪神・淡路大震災やその後の大災害で目の当たりにしたものばかりである。

日本は世界で起きるマグニチュード(M)6以上の地震の2割以上が集中する。明治以降、死者・行方不明者が千人以上にも上る大地震は1891年(濃尾地震)から125年で12回あった。間隔にばらつきがあるが、均すとほぼ10年に1度の割合だ。それだけの頻度で惨禍を経験しながら、今も同じ轍を踏む。国のシステムに欠陥があるとしか思えない。

阪神・淡路発生から間もない時期、震災ボランティアの集いで兵庫県の故貝原俊民知事は「官に力なく、民に力あることを見せつけた」と述懐した。国の危機管理が働かず、被災者支援は当初、機能不全の行政機構よりボランティアなど民間の力の方が大きかった。

その十余年後、石原慎太郎・東京都知事(当時)が「兵庫県知事の自衛隊出動要請が遅く、2千人余計に亡くなった」という趣旨の発言をした。実際は死者の大半は家屋の下敷きで地震発生後間もなく死亡し、がれきの下から人々を救出するのに最も尽くしたのも近隣住民だった。石原発言は暴論だが、東京と被災地との「温度差」は時間を経ても解消せず、救援活動ばかりかその後の生活再建支援にも大きな障害になることを暗示する。現場無視の「上から目線」の判断がいい結果を生むはずはない。中央集権の弊害である。

熊本地震の救援活動でもその兆候が見える。例えば元総務相の片山善博・慶応大教授は、現場から要請がないのに何十万食も送るなどの物量支援は「政治家が批判されたくないという強迫観念、できれば得点を稼ごうとしている側面」はないかと問う(4月22日朝日新聞)。同感だ。現場の受け入れ態勢がないと大量の物資はどこかで滞留する。米軍のオスプレイ投入も政治ショーの印象を拭えない。ボランティア受け入れ態勢を急いだ方がましだった。

災害は社会のひずみを可視化する。仮設住宅への転居など熊本地震の被災者には今後も長い困難が待ち受ける。私たちはそこでもまた、同じ情景を見るのだろうか。