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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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地震発生から2週間 被災者に開かれた支援活動

2016年4月27日付 中外日報(社説)

熊本・大分の地震で、初めて「前震」という言葉を聞いた。大きな地震が来ると、後は「余震」を警戒するものだと知らされていたが、大きな地震が「前震」でその後に「本震」が来ることがあるのだ。深い悲しみとともにそれを知った被災者がおられることを忘れないでおきたい。

考えればまったく不思議ではないが、それがあり得ると専門家が伝えてこなかったのは、稀なことなので伝えるまでもないと考えていたからだろう。地震の研究は相当に進んでいるはずだが、これから起こることを予知する能力はごく限られている。熊本・大分地震ではそのことを思い知らされた。

亡くなった方の多くは崩壊した家屋にいたための圧死である。まだ大きな地震があるかもしれないと恐れる理由が十分にある。だから、自宅で寝ることができない。そのために自動車の中で寝ざるを得ず、それがまた新たな被害の要因にもなっている。こうした苦難が続かないようにと祈る。

東日本大震災でもそうだったが、宗教施設が避難所や物資集積所として大いに力を発揮している。それ以来、自治体と宗教団体の間で防災協定が結ばれる例が増えてきたが、熊本・大分地震でさらにその動きが進むだろう。

災害の折に宗教者の支援活動が多くの住民に開かれていく傾向は、1995年の阪神・淡路大震災ではあまり注目されなかった。しかし、そこから始まっていた。東日本大震災でそれは大きな動きとして注目されるようになった。多くの宗教者・宗教団体の努力の集積によって、宗教と一般社会の壁が低くなっていきつつある。そして、「心のケア」に宗教者が働く場面が増えつつある。布教ではなく、「寄り添い」「傾聴」を主軸として人々の心の支えを提供しようとするものだ。

自殺が多かった秋田県の藤里町では、引きこもる高齢者を助ける「よってたもれ」という喫茶室が住民の助けになったが、そこでは地域の僧侶が大いに貢献した。能登半島地震や中越地震で始められた「高野山足湯隊」は東日本大震災後、南三陸で被災住民の信頼を得ている。東北の宗教者たちが始めた「カフェ・デ・モンク」も多くの被災者から歓迎された。

科学、行政の力で解決してほしいことは多い。だが、人知人力にはやむを得ない限界もある。そこで人々は宗教というものの本来の意義を感じ取る機会を持つ。阪神・淡路大震災から21年、災害に苦しむ日本社会は、「考える葦」の集団として新たな学びを経験していると言えるのかもしれない。