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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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宗教団体と地域社会 子育てへの貢献の可能性

2016年4月13日付 中外日報(社説)

子どもの虐待や貧困、保育施設の不足、いじめや不登校の拡大、青少年の自殺といったニュースが多い。日本社会は子どもを大切にしていないと感じる。少子化がなかなか克服できないが、親の側にだけでなく社会の側もよほど力が足りないのではないか。日本社会の未来が思いやられる。

子どもを育てるには家庭と学校が重要だ。しかし、家庭も学校もかつての力を持たない。夫婦が働く核家族では、子どもの世話をする時間が短くなるのはやむを得ない。学校、幼稚園、保育園に期待するが、それにも限界がある。

では、地域社会はどうか。かつては隣近所の大人たちが子どもの様子をそれとなく見守っていた。近所の友達の家に遊びに行ったり、近くの空き地や公園で遊んでいる子は、地域社会が「地域の子どもたちを育てる」という意識を持っていた。その働きも相当に低下してきている。

そこで地域社会の宗教に期待が寄せられる。昔は寺子屋があり、日曜学校が盛んな時期もあった。今でも寺、神社、教会など宗教団体と関わりがある幼稚園は多い。子ども参禅会をしたり、引きこもりの青少年や、自死の念に取り付かれた若者の支援に取り組んできた宗教者もいる。東日本大震災では子どもたちが遊び、勉強する場をお寺が提供する例も見られた。母子家庭や貧困家庭の子どもに食事を提供する「子ども食堂」が広がってきているが、お寺がその場になる例も出てきている。

地域社会で子どもを育むという考え方に立つとき、宗教団体に大きな可能性があることに気付く。ここで重要なのは、宗教・宗派の違いを超えた協力ということだ。災害支援や終末期の看取りでもそうだが、苦難のさなかにある人に対してまず求められるのは特定宗教・宗派の教えではなく寄り添いの姿勢だ。だが、それは急場にある人たちだけのことだろうか。

子どもたちを助けたり、育てたりする活動に関わってきた宗教団体は少なくない。鎌倉・建長寺などの「鎌倉てらこや」や天理教の「こどもおぢばがえり」のように、宗教施設を用いて子どもたちが集う場をつくったり、ボーイスカウト等の活動に子どもたちが加わるのを後押ししてきた宗教団体もある。これらは、宗教・宗派の枠を超えた性格を持っている。

地域社会で宗教がこれまで以上に大きな役割を果たすことは、日本社会における宗教軽視の風潮を是正する上でも意義がある。宗教系の学校や幼稚園を希望する親の気持ちには、宗教そのものへの期待もこもっていると考えたい。