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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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ビッグデータの時代 担うべきはヒューマンデータ

2016年3月23日付 中外日報(社説)

近年、コンピューターの進歩やインターネットの普及によって集積される巨大な電子データに注目が集まっている。ビッグデータと呼ばれるこれら大容量のデータは文字、図表、画像、音声、動画など多様な内容を持つが、日々生成されるその量たるや現在、数百テラ(1テラは1兆)~1ペタ(1千兆)バイトともいわれる。専門家の予測では、あと5年もしないうちに40ゼタバイトになるという。1ゼタは1兆の10億倍、1の後に0が21個つく途方もない数だ。

これらの巨大データを最新技術で処理・解析することにより、ビジネスや経済動向予測、気象予報、災害予知、健康情報などに活用が期待され、すでに一部では実現している。

東日本大震災の際には、SNSの書き込みや携帯端末のGPS情報など、様々な電子データの集積が「震災ビッグデータ」として残された。これら膨大なデータを収集し、その解析を通じて、人々の避難行動や支援状況を把握し、今後の防災や減災につなげようという動きが生まれている。

しかし、その一方で、カーナビ記録や店での購買情報、さらには電子カルテ、ツイッターのつぶやきまでデータの中に含まれてくるため、個人情報がいつの間にか流用されたり外部に漏洩されたりする恐れがあり、プライバシー管理という点でいっそう取り扱いに注意が必要になってくる。

天文学的数字のビッグデータであるが、仏教の経典にはそれらの数字をはるかに超える大きな単位が提示されている。例えば、那由他は1の後に0が60個つく10の60乗、無量大数になると実に10の68乗となる。さらに華厳経には、不可説不可説転(10の37澗乗)という、想像を絶する超巨大単位も登場する。仏教的世界観は本来、そのような超絶的な思惟空間である。昨今のビッグデータが大きいからといって、仏教者なら今さら圧倒されるまでもないことだ。

さらにいえばビッグデータも、その元は生身の人間による行動と経験の記録(データ)である。これらを活用するのは、どこまでも人間次第。また、データの大海の中で頼りになるのも、同じく人間の舵取りにかかっている。そのような意味で、ヒューマンデータこそデータの肝心要となってくる。

そして、仏教者ひいては宗教者たるもの、何よりも大切なことは自分自身が頼られるヒューマンデータを担うことではないだろうか。そのような存在として人々に出会ってもらえるために、ビッグデータの時代ならではの縁づくりの工夫が求められる。