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平和な日本守るために 心の中にパゴダを

2016年2月19日付 中外日報(社説)

約20年前、タイの仏教事情を学ぶ旅をしたことがある。タイの僧侶は、女性にお守りを渡す時にお互いに触れないよう、手を広げさせてその上に落としていた。またある大寺院では、境内に宝くじ売り場が設けられていた。そこで買うとブン(御利益)があると信じられているようだった。

バンコク郊外の寺院には、上座部仏教修行中の日本人男性数人がいて、心境を話してくれた。その時に聞かされたのは「日本とタイは、ほぼ同時に鎖国を解いた。日本は富国強兵を目指して大きな軍艦を次々に建造したが、タイはひたすらパゴダを建てて、仏教興隆を図った」ということだ。

「パゴダを建てた」とは象徴的な表現で、仏教界の近代化を進めて信仰心の強化に努めた、という意味だ。日本の幕府が米、英、露の諸国と和親条約を結んだのは1854年。明治維新の14年前である。タイはラーマ4世即位の年、51年に開国した。

ラーマ4世は、兄ラーマ3世の時代にモンクット親王と呼ばれ、皇太子として国政を支えた。出家したこともある。欧米諸国から開国要求を受けた時、すぐには応じないで、国内の寺院に迷信・俗信色の濃い「三界経」などを破却させ、僧侶らに戒律を守り仏教界を浄化するよう命じた。

19世紀は、帝国主義の時代であった。仏教界が俗化したままで開国すると、キリスト教の宣教師が乗り込んできて、僧侶や信徒を論破する。そのことが、周辺の東南アジア諸国では植民地化の一つの原因となっていた。タイは絶対にその轍を踏んではならぬ。それがモンクット親王の信念だった。

日本人修行僧の一人が、熱っぽく語った。「明治維新以後の日本がせっせと建造した巨艦群は、太平洋戦争で全て姿を消した。だがタイの国民が建てたパゴダは、今もなお熱帯の太陽の下、まぶしく輝いている。日本とは対照的です。私はこの国へ来て、そのことを強く感じました」。即位前後のラーマ4世の事跡については、仏教史をつづる日本の書籍にも明記されている。

現在のタイは、内政に様々な課題を抱えているが、軍事大国を目指す動きはない。翻って日本は「いかにして絶対平和主義を守るか」の論争が活発だ。その間に防衛費は5兆円を超え、夏の参議院選挙では改憲の是非が争点の一つになりそうだという。よもや富国強兵路線の復活はないであろうが……。今こそ国民が、そして政治家が、それぞれ心の中にパゴダを建てて輝かせることを願わずにはいられない。