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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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相次ぐ企業不祥事 宗教界は倫理の提示を

2016年2月17日付 中外日報(社説)

東日本大震災で損壊した高速道路の復旧工事で談合が行われた疑いがあるとして、東京地検特捜部と公正取引委員会が先頃、複数の大手工事会社を独占禁止法違反容疑で家宅捜索した。その後、表立った報道はないが水面下で捜査が続いているのだろう。

公共工事での談合は税金を不正に私する悪行。しかも震災復興予算から数十億円レベルという巨額の金が企業の不当な利益に流れていたとすれば、被災者だけでなく国民全体へのゆゆしき罪業だ。

ただでさえ建設関連業界の都合で資材が高騰し、住宅再建など被災地復興の足を引っ張っている中で、疑惑の各企業の落札率が異常な高水準なのは、互いに示し合わせてとことん甘い汁を吸い尽くす魂胆ではないかと疑われている。

公正競争で少しでも安価に発注して財源を有効に使うための入札制度を、ないがしろにするのが談合。行政の想定価格ぎりぎりの高落札率が続くのは、ゼネコンがひしめく原発事故放射能除染事業も同じだ。

そういえば、このところ様々な局面で企業の倫理が問われる例が相次いでいる。マンションなどビルの土台杭打ちデータ改ざん、廃棄されたカツなど食品の不正流用、化血研による何十年にもわたるワクチンなどの違法製造、そして多くの若者らの命を奪うことになったスキーツアーバス会社のずさん管理。数え上げればきりがないほどだが、重大事故で膨大な人々のいのちと暮らしを脅かし、その収束のめどさえ立たないにもかかわらず、経営安定を理由に再稼働を強引に推し進める原発業界もその姿勢が批判されている。

かつてこの国には「商道徳」という言葉があったが、「分からなければ何をしてもいい」「金もうけのためなら」というような風潮が続いてまったく色あせてしまった。不祥事が発覚すると企業の責任者が判で押したように頭を下げて見せるだけの光景は、今やすっかり陳腐になった。

企業倫理崩壊は人々の心をすさませ、子供の教育にまで悪影響を与えかねない。少年犯罪や親の育児放棄といった世相を問題にしてきた宗教者は、この事態にどう対処するか。これまでのように「嘆かわしい」と何となく発言するだけでは何も解決しないだろう。

一連の企業不祥事は「欲」から発したものであり、欲を原動力とする資本主義の論理そのものに根差しているともいえる。ならば、原発事故で「少欲知足を」と人間の生き方、社会構造の転換を訴えた宗教界は、今こそ力強く発信すべきではないか。