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アマゾンの僧侶派遣 僧侶自身の意識問われる

2016年2月10日付 中外日報(社説)

ネット通販サイト・アマゾンの日本法人アマゾンジャパンが、昨年12月から僧侶派遣サービスの「お坊さん便」を始めた。全日本仏教会が宗教行為の商品化と批判する理事長談話を発表。この談話に対するネット上での反発なども報じられ、注目を集めた。

布施をサービスの対価と見なす「定価」表示は宗教行為の本質に関わる誤解で、これまで一貫して批判・問題提起してきた全日仏として異議申し立ては当然のことだろう。ただ、「僧侶派遣」業自体は新しい話ではない。アマゾンに頼るまでもなく、ネットで検索すれば僧侶派遣サービスを行う会社・団体はいくらでも見つかる。僧侶自身が代表者だと称する所もあるようだ。

背景には、葬儀で葬祭業者主導が一般化し、僧侶の占める立場が相対的に軽くなったという大きな流れがある。その中で葬儀社が僧侶からバックマージンを徴収しているといった問題も新聞で報じられ、公然と語ることがはばかられていた感がある僧侶派遣も5~6年前にはNHKのニュースで取り上げられるまでになった。

多死社会で、テレビでは葬儀関係のCMが目立つ。イオンのような大手が葬祭に進出するのも経済の論理から見て当然だろう。アマゾンの僧侶派遣は、時代を象徴しているが、今さら驚けない。

例えば葬祭業界は「葬祭ディレクター」認定制度を設けプロフェッショナルの育成を図っている。仏教界でも葬祭業者依存の状況に危機感を持ち、宗教者としての本来あるべき取り組み方を、真剣に模索する動きがある。努力と独自の工夫で成果を挙げた例も見られるが、全体としては流れに押されて、受け身の域を脱してはいない。

僧侶の道心や菩薩行を、ビジネスのプロ意識と同じ範疇に置いて比較するわけではないが、伝統仏教の住職後継者育成の実態は、プロフェッショナルの資格認定という観点から見ると、甘過ぎるところも一部にあるのではないか。

「まずマナーが問題。寺で生まれ育って、外で働いた経験のない人の中には社会的常識に欠ける例も見られます」。数年前、僧侶派遣業の最大手の経営者から聞いた愚痴だ。「教育するのは大変です」と言われ、返す言葉に困った。それも現実の一断面なのだろう。

僧侶全てが布施の宗教的意義を深く意識して、仏教者として振る舞っているか。まず、宗教者自身の意識が問われる。アマゾンの一件はある意味で「現実の姿を見よ」と目の前に突き付けられた「鏡」でもある。