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少子化時代が問う 見えぬ理不尽への気づき

2015年12月16日付 中外日報(社説)

少産=人口減少は、日本社会のシステムに対する人々の静かだが確固とした抵抗の表れという考え方がある。結果として、見えはしないが無数の「生まれることのない死」が日々、眼前で展開されている――と思考は深まっていく。

出産は本来、他から干渉されない自由意思、成熟社会ほど少子化は不可避という「常識」からは意表を突く言説だ。だが、少子化の原因が実は経済的な貧困や政治の在り方と無縁でないのなら、首肯せざるを得ない。事例を二つ挙げる。

雇用労働者に占める派遣やパートなど非正規社員が昨年10月時点で初めて4割に達した、と厚労省が先月発表した。報道では、ここ3年で雇用者総数は120万人余り増えたが、正社員は56万人減り非正規社員が178万人も増えた。企業が人件費抑制のため、高齢者の定年で減った正社員の代わりを非正規社員で補ったからだ。

非正規社員の大半は身分が不安定で賃金も低い。34歳までに正社員の約6割が結婚するが、非正規社員は8割近くが未婚との報告もある。未来に夢を描く男性若者たちの多くが婚期を逸しかねない。そんな理不尽な世で子どもは欲しくても産めず、必然的に少子化は進む。現代は一面で「生まれてこない子どもたち」の犠牲の上に成り立っているようなのだ。それを成熟社会と誇れるものか。

9月に改正労働者派遣法が施行された。企業は派遣社員の雇用規制を緩和され、派遣社員は3年ごとに職を失う危機に陥る恐れが生じるという。政治が語る「雇用の安定」とは逆に、働き手はますます困難な状況に追い込まれていく。

昨今耳にする「農村たたみ論」も少子化に関係するようだ。極論すれば過疎地切り捨て論で、地域に生きる人々の心を顧みないことに加え、目先の経済効率しか頭にない点で上述のことと通じ合う。

昨年5月、日本創成会議が「2040年までに全国の市町村の半数が消滅する可能性がある」というリポートを公表し、それら市町村名も明らかにされた。リポートに対し「当該自治体住民に故郷を諦めさせ、都市部への人口移動・集中を促進する」と批判が出ている。「集中」の象徴である東京は、地方に比べ極端に出生率が低い。リポートは、経済的な規模の利益を求め、行政コストのかかる地域を消滅させて少子化に一層拍車を掛ける懸念を抱かせる。

人が安心して子を産めない社会には他にも深い病理が数々潜む。そのことに真剣に向き合わねばならない時期が来たように思う。