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先輩の戦争体験記出版 平和のタネをまく

2015年12月2日付 中外日報(社説)

「東京大空襲の夜、火に追われて電車通りを走った。路面の敷石が熱くて、足の裏が痛かった」「灯を消した部屋で、黙って座っていた父と母。その日、兄の戦死の公報が届いたと知った」「疎開先で、同級生が自分のオーバーを着ていた。母に尋ねると『ごめん』と一言。衣類を、地元の農家で食料と交換したのだった……」

戦時中の思い出をつづる手記の数々。「15編くらい集まるかと思ったら、36編になりました。ページ数を追加、また追加。うれしい誤算でした」と語るのは、「早大合唱団諸先輩の戦争体験記を発刊する会」の代表で、千葉県流山市在住の上谷章夫さんである。

「戦後70年の節目を迎え、若い世代に何かを伝えたい」と思い立った上谷さんは、終戦の年にはまだ4歳の幼児。年長の先輩に協力を求めるしかない。「貴重な体験をぜひ書き留めてください」と呼び掛けた。

出版の資金は、早稲田大でコーラス活動をした仲間たちの平和を願う思いが“協和音”となって、約70万円のカンパが集まった。印刷会社勤務のOBがいて、A4判115ページの『戦争体験記』千部が刷り上がり、合唱部の現役部員やOB、OGに配布された。OG有志4人の協力で、読みやすく編集されている。

それでも上谷さんは、不安だった。現役の部員が、70年前の昔話を読んでくれるだろうか、と。しかし部員からは、確かな反応が返ってきた。「戦争をしてはならぬと決意させられた」「書きづらい記憶を文字にしてくれた先輩方に感謝する」「平凡な日常を過ごせる有り難さに気付いた」など。

上谷さんは9年前「会社人間」を卒業した時に「これからは、平和のタネまきをしよう」と思い立った。同窓の仲間や市民たち約10人と協力して、流山市内で、被爆直後の長崎の写真展、長野県上田市の「無言館」が所蔵する戦没画学生の遺作展、東京大空襲と学童疎開の記録展などを次々に開催、市民から注目された。今回の『戦争体験記』の刊行も、平和のタネまき活動の一環である。

今、上谷さんにとっての気掛かりは、日本の近・現代史の教育がおろそかになっていること。大学の入試では「昭和と戦争の時代」は出題されないため、高校生の関心が薄くなり、ひいては社会全体の歴史観欠如に影響していないだろうか、というのだ。上谷さんのような平和のタネまき活動は、誰でも見習うことができるのではないだろうか。小さな力を結集した行動が、大きな実りをもたらすことを期待しよう。