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息苦しい最近の世相 沈黙は全体主義への道

2015年11月27日付 中外日報(社説)

ナチス・ドイツが100万人以上の人々を虐殺したアウシュビッツ収容所の歴史を伝えるアウシュビッツ博物館(ポーランド)で、ただ一人の日本人公式ガイドを20年近く務める中谷剛さんは日本人見学者にこう問い掛けるそうだ。

「当時、ナチスの政策に『賛成します』という人はそれほどいなかった。けれども『反対する』と声を上げた人も少なかった。この『反対しない』が巧みに利用されたのです。みなさんなら声を上げられますか?」(伊藤剛著、光文社新書『なぜ戦争は伝わりやすく平和は伝わりにくいのか』)

中谷さんは1966年、神戸生まれ。自らの戦争体験は話せない。同博物館の公式ガイド約260人全員が実は戦争体験を持っていないのだ。だが、歴史を現代に関連付けて語ることはできる。例えばホロコーストも日常に潜む差別から生じた。同調圧力という言葉があるが、権力に操作された民衆の声は暴走を始めると、それが間違っていればなおさら反対意見を排除し、人々は沈黙する。人間社会の病理は時空を超える。

戦後70年がたち、平和を願う時代の軸足は戦争体験者のリアルな「語り」から、戦争を繰り返さない責任を戦後世代が深く自覚することへと移さざるを得ない。ただ問題は、日本の戦後世代にその「学び」が十分だったかどうか。

ある新聞で先日「戦争はご免」と記した安保法制反対の手製ポスターを背に電車に乗ったら、40~50代の男性から「お前は売国奴か」とののしられたという投書を読んだ。同趣旨の投書を昨今、時折見掛けるが、驚いたのは同じ新聞の編集責任者が、安保法制のプラス面も含め客観的に論を張っているつもりなのに「なぜ安倍政権の足を引っ張るのか」という意見が寄せられると紙面で述懐していたことだ。批判を許さない読者の偏狭さは不気味この上ない。

同法制に反対する学者、学生共催のシンポの会場使用を東京の有名私大が拒否し、市民の護憲集会への名義後援を撤回する自治体が続出し、都道府県立の歴史資料館や平和博物館からは戦時中の日本の加害行為を示す常設展示が次々消えていく。全て最近、報道されたことだ。世相に息苦しさを感じている人が少なくないだろう。

そんな中で、安倍首相の言う「一億総活躍社会」が戦時中の「一億玉砕」や「一億総動員」を連想させると不評だが、むしろ人々の自然な反応ではないか。一人一人の個人を一億でくくる発想に沈黙で応えると、意図はどうあれ、みんな同じ方向に走らせられかねない。