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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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原発事故の深刻さ 宗教者は不安に対処を

2015年11月18日付 中外日報(社説)

「わたしは何さいまで生きられますか?」(小学5年女子・もえさん)。放射能で苦しむカブトムシの絵を添え、「外であそびたい。きれいな空気がすいたい」と書いたのは5年男子の海斗君。原発事故で生活を破壊された幼い被害者たちの悲痛なメッセージを集めた絵本『福島の子どもたちからの手紙』が反響を広げ続けている。

福島県内では避難指示が解除されて住民の帰還が進み、各地で原発再稼働が政府によって加速されている。だが、「住んでいてもだいじょうぶなのですか?」(同4年女子)というような人々の不安は解消されるどころか増大し、避難を続ける人と故郷への愛着から戻る人との溝も深まる。特に、育った土地や友達と互いに引き裂かれた子どもたちには深刻で、地元のキリスト者の支援団体・東北ヘルプの聞き取り調査では、健康の不調と共に人間関係の悩みが多く訴えられた。

ある教団の大阪事務所で、同県川内村から岡山へ家族で避難生活をしながら他の避難者への支援活動を続ける大塚愛さんが講演した。保養事業で受け入れた幼い女児が浜辺で「ここの砂は触っていいの?」と尋ねるのに胸が痛んだという。我が子も「家に帰りたい」と繰り返す。森に家族で家を建て、自然に溶け込んだ暮らしをしていた村も高濃度のセシウムに汚染された。「心はボロボロ、自分の一部が死んだようです」

「安全を強調したい国は、帰還者に手厚い。逃げた人も残った人も苦しく、同じように悩んでいるのに、対立があり悲しい。その溝を解消する取り組みが必要」という大塚さんの宗教者たちへの訴えにどう応えるか。事故以降、様々な教団が「脱原発」を主張するアピールを出したが、その後の事態の推移に目立った動きは見られない。だが、いのちと人の生き方、暮らしの根幹を説くのが宗教者なら、地域で不安におののく人たちに寄り添うのは当然ではないか。

決して福島県に限定された問題ではない。この秋、京都で開かれた脱原発全国集会で、嘉田由紀子・前滋賀県知事は福井の原発で大事故が起きれば琵琶湖が汚染され、近畿各地の水道水に深刻な影響が出るとのデータを示した。同集会で発言した東京電力告訴団メンバーの福島の主婦古川好子さんは「私たち被害者は決して『都会から遠く離れた地方のかわいそうな人たち』じゃありません。このまま原発が稼働したら全国の皆さんが私たちのようになるのです」と呼び掛けた。フクシマはこの国じゅうに広がっている。それとともに、宗教者の働く場も……。