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危うい軍学共同路線 科学と宗教の協力を望む

2015年10月16日付 中外日報(社説)

アインシュタイン博士は「宗教なき科学は不具、科学なき宗教は盲目である」という有名な言葉を残した。事象の原理を探究する科学と生きる意義を考える宗教は、対立ではなく相補う関係にあるということらしい。だが、その後、間接的とはいえ自身が開発に関与した原爆が広島に投下され、博士が痛恨のうめき声を発した逸話もよく知られている。投下した爆撃機「エノラ・ゲイ」は搭乗した機長の母親の名前から取り、爆弾は「リトルボーイ」と呼んだ。

出産の連想と科学が招く目前のおびただしい死。それはいったい何の暗喩だったか。少なくともそこに人間愛に根差す宗教心を見ることはできない。平和を訴え続けた博士は晩年「今度生まれ変わるときは行商人か鉛管工になりたい」と語っていたそうである。

科学者の社会的責任は当然として、ここで述べたいのはそのことではない。行動的な平和主義者としての博士は、科学が依拠すべき宗教として仏教に強い関心を寄せたようだ。仏教が本来、人の生きるべき道を示す知性的な宗教であることと無関係ではなかっただろう。

さて日本でも近年、政府の主導により軍事転用できる科学技術の研究が大学で急速に進み始めている。デュアルユース(民生、軍事両用)というが、軍事技術の開発を「軍学共同」で行う危険性をはらむ。この新たな動きに、特に仏教界は無関心でいいだろうか。

先の大戦で大学も研究費獲得などのため軍部に協力した苦い経験がある。九州帝大は海軍大将を総長に任命することまでした。その反省から日本学術会議は1950年以来、戦争目的の科学研究には従わない決意を表明してきた。

ところが2004年の国立大法人化で各大学が研究費確保に自助努力を迫られたこともあり、防衛省と大学との技術交流が活発化。一昨年には安倍政権が大学との連携でデュアルユースの積極活用に努めることを決めた。

それを受け防衛省が始めた、軍事技術への応用可能な基礎研究に研究費を支給する公募制度には16の大学が応募したと報道されている。小型無人機やサイバー攻撃対策などだ。武器の研究開発から武器輸出まで一元的に行う防衛装備庁も今月発足した。

平和は、かつて非軍事のことだったが、安倍政権の「積極的平和主義」で軍事的意味合いにすり替わる中、再び「軍学共同研究」が歯止めなく広がることを恐れる。ここはアインシュタイン博士の思いに立ち戻り、科学と宗教の相互依存が深まることを切に願う。