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大村英昭氏を追悼する 「鎮めの文化」は今こそ必要

2015年10月7日付 中外日報(社説)

大村英昭氏が先ごろ亡くなられた。浄土真宗本願寺派の僧侶として、また臨床現場に密着した宗教社会学者として最後まで現役を貫いた学究であった。大阪大から関西学院大、相愛大を経て、筑紫女学園大学長の要職を務めているさなかの死去である。享年72歳。心から追悼を申し上げたい。

大村氏が残してくれたメッセージのうち、日本の宗教との関連でいえば「鎮めの文化」の指摘が重要だ。地鎮祭のような祭礼をはじめとして、日本には古来、怨恨などの情念や過熱した欲望を鎮める装置として宗教文化が機能していた(『日本人の心の習慣』『臨床仏教学のすすめ』など参照)。

鎮めの文化の反対は煽りの文化である。大村氏がこの対立図式を提示したのは、一億総中流化の意識が強い時代だった。人々が禁欲的なガンバリズムに憂き身をやつす背景には、近代資本主義の上昇志向のエートスがある。まさにこれが煽りの文化である。近代社会では、皆そのようなガンバリズムに駆られてきた。そのエートスは今やますます世界規模に拡大しつつある。大村氏はこの状況を目の当たりにし、今こそ鎮めの文化を日本の宗教界から発動させていかなければならないと考えた。

現代の日本社会は、中流崩壊、格差社会の時代といわれている。しかし、かつて中流社会の担い手だったサラリーマン層の状況は長期不況の影響で悪化の一途をたどり、ブラック企業による社員の使い捨てのような事態さえ出現するようになった。成功体験を誇る一握りの「勝ち組」と、そうでない大多数の「負け組」という分類がはびこる風潮の中で、煽りの文化はより悪質な形で社会に浸透しているように思える。

煽りの文化の根底には禁欲的なガンバリズムが存在する。禁欲と言いながらも、物欲など諸々の欲望が煽られ、人々がそれに駆り立てられているのが実態だ。だとすれば、まさにそうした欲望を鎮静化する「鎮欲」の思想こそ、現代人に求められるものではないだろうか。鎮欲を通じて得られる境地は心の平安である。そうした人々が一人でも増えれば、社会全体も落ち着き、平和になるはずだ。

浄土真宗は在俗の篤信者である妙好人の伝統を持つ。彼らは名も無き市井の人々でありながら、世の中を安穏にする鎮めの文化の担い手たちである。現代社会の中に妙好人的存在が増えることで、世の中は和らぎ、真に足るを知る生き方が広まるだろう。

大村氏もきっとそのような理想社会の姿を思い描いていたことと想像する。