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明治の訓令を連想 教育行政に長期視点を

2015年9月25日付 中外日報(社説)

文部科学省が国立大学に「人文社会科学系の組織を見直せ」と、文科系の縮小を求める通知を発したことに、各方面からの批判が高まっている。この経過を見て、1899(明治32)年に当時の文部省が「訓令第12号」を発したことを連想した。

この訓令は「宗教教育をする学校は、正規の学校と認めない」という内容で、キリスト教系学校の宗教教育に歯止めをかけるのが目的である。この年から、在留外国人の居留地制限が撤廃されたことで、外国人宣教師の行動が自由になり、ミッションスクールを足場に宣教活動が活発化することを憂慮しての措置だった。

正規の学校として認められなくなると、各種学校と同じ扱いで、卒業しても上級学校への進学資格が得られない。巧妙なキリスト教いじめだった。

この訓令に対し、学校側の対応は二つに分かれた。一つは、宗教行事や宗教教育の場を校地の外に移す。もう一つは、各種学校扱いをいとわないというものだ。後者の場合「学校」と名乗れないから「○○学院」と改称した。今日、一部のキリスト教学校に「学院」の名称があるのは、その名残である。この訓令は他の宗教系学校にも適用されたから、少数ながら仏教系学校で「学院」の名を保つ所もある。

ただ一つの例外として、メソジスト教団系の中学校だった東洋英和学校がこの訓令を機会に教団との縁を絶ち、私立麻布中(現在は中・高)となったのが注目される。

訓令第12号は、わずか2年で廃止された。政府が予想したほどキリスト教の教勢が伸びなかったことと、欧米諸国から宗教弾圧として非難されるのを恐れたという見方が強い。さらには当時の政府の宗教政策に、真宗大谷派をはじめ仏教界から批判の声が上がったことを指摘する向きもある。朝令暮改もいいところだ。

10年余り前に、関西の宗教系大学の教授に聞いた話だ。学部を新設しようと、当時の文部省に相談すると「グローバル時代に備えて国際の字の付く学部をつくれ」と言われた。2年後に申請したら、省内の担当が代わっていて「今は看護と介護の人材を育てる時代だ」と言って却下されたという。「日本の行政には、人づくりについての長期的な視点が欠けているのではないか」と嘆いていた。

日本の高級官僚の一部には、平均2年の任期中に“業績”を残そうとする傾向があるという。今回の「通知」は、2年後にどうなっているであろうか。