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信仰を伝える心構え 情報発信は種まきである

2015年6月5日付 中外日報(社説)

出版業界では、読者からの反響についてこんなことが言われているそうだ。

ある書籍が1万部売れたとする。しかし、それをきちんと最後まで読む人は千人に限られ、内容を理解できる人となると100人に減少し、感想や意見を寄せてくる人はわずか10人だけだという。

情報が発信され、反響が返ってくるまでに、10分の1ずつ人数の割合が減っていくという見方は面白い。こうした“逓減の法則”は、宗教界での情報発信においても同様にいえる。寺社や教会で様々な刊行物が信者向き、または一般向きに出されている。教えを伝え、信仰を涵養する立派な内容のものが多く、それぞれに工夫を凝らしてもいる。

ただ、そうした刊行物を出し続けても、なかなか手応えがない、檀家の人たちに配布していても、本当に読んでもらっているのだろうか。そんな声を聞く。しかし、読者の反応というものは、そもそもそうしたものではないか。

むしろ、反応や反響よりも大切なことは、こちらの宗教的メッセージを読者が受け取って、自らの人生にそれを生かすということだろう。1万人が同じメッセージを手にしても、その教えに従って実践する人となると、ひょっとしたら1人だけになるかもしれない。メッセージが崇高であればあるほど、逓減率が大きくなる可能性もあろう。しかしだからこそ、ただ一人の読者に向けて情報を発信することで、逆に多くの人々に共鳴を与えることもあるはずだ。

実存哲学の創始者であるキルケゴールは、42歳の短い生涯のうちに膨大な著作を書き残し、「世界で最も多量のインクを使った」思想家といわれている。これらの著作の多くは単独者、つまり神に一人で向き合う人に読まれるために書かれた。その時、彼の念頭にあったのは、最愛の恋人だったレギーネである。つまり、キルケゴールはレギーネ一人に読んでもらうために、著作活動を行っていたとも言えるのである。そして、ただ一人の読者に向けて書いたからこそ、彼の著作は逆に多くの人々の心を動かし、今なお心ある人々に読み継がれているのである。

情報を発信するのも、種をまくことに他ならない。絶えず人のために祈り、人の救いを願いながら、神仏の思いを自分の言葉に託して発信する。その種がいつ、どんな場所で芽を出すか分からない。しかし、ただ一人の信仰的実践を信じて書き続けることが大切だ。そうすれば、きっと数多くの読者の心魂を共振させることも可能になるだろう。