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ヒロシマの伝承者 被爆者に代わって語る

2015年5月22日付 中外日報(社説)

広島市在住の作家・大野允子さんには、70年前の原爆の犠牲となった女学生に関する作品が多い。1945(昭和20)年8月6日、軍の命令で家屋疎開作業に動員された中学生、女学生らの真上で原爆が爆発、約6千人の若い命が奪われた。大部分が、入学したばかりの1年生だった。

大野さんは当時、女学校の2年生で、作業に出なかったため、直接の被爆を免れた。全身を焼かれて死亡した下級生たちのことが忘れられない。大野さんは戦時中の広島の女学生の生と死の実態を、作品として書き続けた。

小説ではあるが、記録性の高いものばかり。その一部は、テレビのドキュメンタリー番組として何度も映像化された。モンペ姿で下駄履きの少女像に、戦時下の広島を思い出す人も多い。

ところが一部には、大野さんの作品に異議めいたものを唱える人がないでもない。犠牲となった女学生の家族である。大野さんの作品の登場人物には、あの人がモデルと想定されるケースもある。その生徒と思われる人物の行動が少しでも実際と違って書かれていると、納得できないというのだ。大野さんは「私の作品はフィクションですよ」と言うのだが。

広島で被爆したという事実は、家族の歴史として限りなく重い。それに関わる全ての経過を正確に記録してほしいというのが、肉親としての心情であろう。だが、文学として伝えることの意義も尊重すべきではないか。

さて、2013(平成25)年11月7日の本欄で紹介したように、広島市が3年がかりで進めてきた被爆体験伝承者養成事業は順調に進み、今年度から第1期修了者50人が実動を始めた。高齢化が進む被爆者に代わって、市を訪れる団体などに「ヒロシマ」を語るのが役目だ。

実体験はないけれど、複数の証言者(語り部)たちの語る内容を学んできた。第2次大戦当時の国際情勢の学習も重ねているので、総合的な視点から語ることが期待される。被爆70年の夏に向け、これら伝承者たちの活動の場が広がると予想されている。

伝承者としての履修を終えた人や、現在履修中の第2期生には、仏教者が数人含まれている。その一人に聞いた言葉が印象に残っている。「語り継ぐのは難事だ。しかし釈尊の教えは、弟子が代々語り継いだからこそ、今の世に伝えられた」と。伝承者全員が、仏弟子と同じ姿勢で被爆者の体験を語り継いでほしい。そして語りの場では、ノンフィクションの立場を貫くべきであろう。