ニュース画像
「誠」の隊旗を掲げた五重塔院で営まれた法要
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版

心と身体の相関関係 宗教のもたらす利益とは

2015年5月13日付 中外日報(社説)

ストレスが身体に悪影響を及ぼすことはよく知られている。例えば胃潰瘍や十二指腸潰瘍の原因になる。しかし、ストレスの強さにもよるだろうが、実際に発症するまでには数週間か数カ月か、とにかくある程度の時間がかかる。他方、心臓はもっと敏感である。

「心臓」という日本語にせよ、あるいはハートやヘルツその他の外国語にせよ、言葉自身が心臓という臓器と「こころ」との両義を持っている例が多い。実際、「怒り心頭に発する」と血圧はたちまち上がる。それには医学的説明があるのであろう。怒ると交感神経が興奮して身体が闘争に備えるため、アドレナリンが分泌されて血管が収縮するから血圧が上がる、というように。一つ一つの局面がどのようにつながっているのかについてはさらに説明が必要だろうが、それは措く。とにかく数日どころか数分で身体に変化が起こることがある。

逆にこころが落ち着き静まれば血圧は下がる。これも短ければ数分ないし数時間で起こり得る変化である。この事実は、怒りの場合に限らず、こころの緊張興奮一般についていえることだ。瞑想をすれば血圧が下がることは家庭医学書にも書いてあるほど広く知られている事実である。一般にこころと身体の間には――直接ではなく、多くの場合脳を媒介してだろうが――実際に関係がある。そしてこの関係は直線的必然的因果というより翻訳・交換関係であるようだ。そしてその関係は一方的ではなく相互的である。

以上は心身相関に関わることだが、「宗教と癒やし」についても古来多くが語られ、実践されてきた。信じれば病気が治ると称する宗教は多いのだが、治ったかどうかは専門家が厳正な診断の結果として判定すべきことで、素人が主張してよいものではない。また宗教から直接に何らかの御利益を求めるのも誤りだ。

では宗教には何の利益もないかといえば、人を正しい在り方に導くのが宗教の利益であって、それはいわゆる「御利益」ではない。従って健康の回復は、あったとしても結果であり、宗教の目的ではない。

他方、本来、宗教が我執や我欲や迷いを取り除く結果として身心の正常化をもたらすとしたら、それはどうでもよいことではあるまい。現代において宗教が衰退しているのは宗教が与えるこうした「利益」が現代人の関心を引かないからであろう。いまや宗教が現代に何をもたらすのか、伝統を超える仕方での厳正な研究が必要なのではないか。