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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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株式会社化する教団 信者は消費者にあらず

2015年4月22日付 中外日報(社説)

宗教教団も組織体である限り、効率的な運営が求められるのは当然だ。また人件費など組織運営の費用は、教団に所属する寺院、信者から寄せられる浄財で賄われており、無駄に費消することは許されない。

しかし、費用対効果を重視するあまり、教化伝道、人づくりといった宗教教団の本来の目的とは乖離した、まるで利益、利潤を挙げることを第一とする株式会社のような考え方が支配的になりつつある組織もあるようだ。

大法要に一人でも多くの人たちを動員するため、広告代理店やイベント企画会社など、その道のプロを企画の中枢に参画させる例も少なくない。

効果を計算したキャッチコピー、斬新なスローガンを採用し、「集客」のために人々の気を引くことを狙って、様々な記念行事を次々と打ち出す。こうしたことで、ある程度の参拝者の動員は可能になるかもしれない。

ただ、この発想の根底にあるのは、参拝者を消費者と同等の存在と見なす、経済原理に染まった考え方であり、消費者としての参拝者は法要をイベントとして消費するだけだ。その感動を次の世代に伝えようとする人たちは果たしてどれくらいいるだろうか。

少子高齢化、過疎化などの影響で、多くの宗門が信者数の減少、教線の縮小という、教団の存亡に関わる喫緊の課題を抱えており、現代人のニーズにマッチした教化伝道や法要儀式の在り方などを模索している。そのことは各教団のシンクタンクの主要な研究テーマでもある。

しかし、「市場は嘘をつかない」と、消費者ニーズを最重要視する民間企業のように、経営の理念を必要以上に教化活動や宗務に取り入れるのは果たしてどうなのか。「顧客満足度」で信者の信仰の深さは測れない。

青少年への信仰の継承が各教団に共通の課題となっているが、そのためには現在の信者らが、自らの信仰を次の世代へと伝えていく、信仰継承の担い手となってくれなければならない。

そのような信者を一人でも多く育てることが、法要や行事に“一見さん”をいかに多く集めるかよりも、はるかに大切だ。

各教団の本山や一般寺院は企業と同様にインターネットを駆使して様々な情報を発信しているが、古来、教えは人によって伝えられてきた。自信教人信。現代人のニーズがつかみにくい時代だからこそ、この言葉の真の意味をもう一度しっかりと見つめ直すべきではないだろうか。