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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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人生は一期一会だ 速やかに感謝の言葉を

2015年4月10日付 中外日報(社説)

兵庫県在住の60代の女性Aさんは昨年秋、40代の息子Bさんの運転する車で病院へ向かった。定期検診を受けるためである。車が急に止まった。Bさんがぐったりしている。Aさんは外に出て、通り掛かる車に手を挙げた。

対向車と後続車から女性が飛び出すように近寄り、Bさんを見て「心肺停止状態ね」とうなずき合った。男性ドライバーらも駆け付け、Bさんを引き降ろすと、心臓マッサージをしたり、救急車を呼んだりしてくれた。

搬送された病院で手術を受けたBさんは、心筋梗塞から奇跡的に回復、今年になって仕事に復帰することができた。対向車の女性がBさんの搬送された病院の看護師Cさんだったし、他にも医療関係者がいたらしい。適切な応急処置が役に立った。

Aさんは、C看護師には謝意を伝えることができたが、その他の人にはお礼を言うすべがない。先日の新聞の読者欄に「おかげさまで息子は生還することができました」と投稿した。

戦前の雑誌に、こんな話題が掲載されたことがある。米国の大会社の社長が秘書を呼び「あの病院に今すぐ、10万ドルを寄付する手続きをしなさい」と命じた。社長はその病院で手術を受けて重病から回復し、出社したばかりだった。10万ドルは、当時の大リーグの一流選手の年俸より多い。

なぜ「今すぐ」と言ったのか。社長は説明した。「手術で命が助かったと知った時は、全財産を寄付してもよいとさえ思った。感謝の気持ちを表すには、一刻も早く伝えた方がよい」と。

岡山の大学教授だったDさんに聞かされた話がある。70年前に、Dさんは広島の中学の3年生だった。祖母と2人暮らしで、戦時中のため郊外の工場に動員されていた。祖母は農村の親戚を訪問、一泊するよう勧められたが断り、夜遅く帰宅した。Dさんの弁当を用意するためである。

翌朝、Dさんは祖母がまだ寝ているうちに家を出て、工場へ向かった。その後で原爆が投下され、広島の街は壊滅した。工場にいて無傷だったDさんは、すぐ市内へ引き返したが、家は焼け、祖母は骨になっていた。

「祖母が前夜遅く帰宅した時に『ありがとう』の言葉を言いそびれた。それが私の最大の悔いとなりました。人生は一期一会だ。感謝の言葉は直ちに伝えるべきですね」とDさんは告白する。

人それぞれに、様々な一期一会がある。その一期一会が感謝の心で結ばれてこそ、心の中に浄土が生まれるのではないか。