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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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右肩上がり経済の闇 失われたものの大切さ

2015年3月27日付 中外日報(社説)

福島第1原発の事故で放射能汚染された福島県川俣町山木屋地区に昔話「和尚と小僧」が伝わる。和尚の供をした小僧が野原で小用を足そうとしたが「そこには皆、神様がいる」と諭され、仕方なくカミ(髪)の無い和尚の頭に小便した。昔、山間の集落は美しい自然とその営み全てに神々を求めてきた。風の音、小鳥のさえずり、虫の声……子どもたちの豊かな感性をも養ったその故郷で今、放射能の除染作業が行われ、人々は失ったものの大きさを思い知らされている(三弥井書店刊『震災と民話』から)。

民話は日本の原風景をほうふつさせるが、思えばあらゆるものに神が宿るという伝統的な日本人の精神性は、繊細さを求めるモノづくりに生かされ、国の経済発展を支えてきた。

だが、近年はカネがカネを生む金融市場が肥大化し、労働の尊さが顧みられない。低賃金で、すぐに解雇できる非正規労働者が4割に上る状況は象徴的だが、細部にこだわる日本人の長所に関心が失せるのと軌を一にするように日本は経済力で中国に抜かれ、韓国にも追われている。

その焦燥感の表れとも映るヘイトスピーチや「嫌中・憎韓」本ラッシュは、東日本大震災から顕著になった。昨今相次ぐ「日本、スゴイ」といった日本礼賛本の出版も同じ文脈の裏返しでしかないようだ。心理学の実験では、周囲から低い評価を与えられた人は他人に不寛容になり、容易に人種差別的な偏見を持つ。また、自国の悪口を口にする人間を付和雷同的に攻撃するようになるという。それと一脈通じる心の動きなのか。

「右肩上がり」を目指す経済が格差を生んだとされる。豊かな人とそうでない人の格差拡大を警告するフランスの経済学者トマ・ピケティ氏のブームも、増長するマネー経済の弊害を憂える人が増えている証しだ。だが、強欲な世は軌道修正しない。特に深刻なのは、事実が重視されない政治風土の中に私たちはいることだ。

原発は「右肩上がり」経済と同義だが、一昨年の東京への五輪誘致で安倍首相は、福島第1原発は「制御されている」と述べて驚かせ、先日も「復興は急速に進んでいる」と力説した。だが、被災地では2600人近くがまだ行方不明。冒頭の山木屋地区は一部が居住を制限され、県全体で12万人が避難、地元紙によると原発関連死も千数百人に上る。福島第1原発の汚染水流出も止まらない。

失ったものの大きさに目をそむける社会は、いずれさらに大きなものを失うことにならないか。