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川崎事件が示す教訓 我執の危険見失った社会

2015年3月25日付 中外日報(社説)

まだ「生意気」という言葉が生きている、とやり切れない思いをした人たちがいるようだ。川崎で18歳の少年が13歳の少年を殺害した事件。暴行の理由の一つは「生意気」ということだったという。

もう70年以上も前のこと。戦時下、多くの少年が都会から「田舎」に疎開させられた。少年たちは初めての「田舎」が珍しくもあり、何とかなじもうと努力したが、土地の少年たちからいじめを受けた少年も一部にはいた。

当時、田舎は人口も多く、衣食住にも事欠いた都会とは違って安全で豊かでもあった。地元の少年たちは疎開少年たちを庇護する立場にあったわけである。しかし無邪気に都会風に振る舞った少年たちは、しばしば意図せずに土地の少年に不快感を与えてしまったようだ。「生意気」だという理由で疎開少年は土地の年長の少年から殴打された。むろん地元の少年たちの全てが「いじめ」に加わったわけではないし、疎開少年の全てがいじめられたわけでもないが。

「いじめ」を行った少年たちの中には、地元の仲間から軽視され劣等感を味わってきた者もいた。弱者である疎開少年に対しては、年長の庇護者として優位に立つはずだったのに、逆に彼らからも劣等感を味わわされたという経験がいじめの動機になった。

二重の劣等感という心の傷が強い反感を生み、「生意気な」という口実のもとに暴行に及ばせたのである。それは、自分は本来は強者だという力の誇示でもあっただろう。

旧軍隊では上位の者が下位の者に暴行を加える例があった。理由の多くは「綱紀の緩み」で、「お前らたるんどるぞ、精神を入れ替えてやる!」というような「しごき」であったようだ。強者がその地位を脅かすものを葬るという行為もよくあるが、これも二重の劣等感から出た復讐だったわけではあるまい。保身のために危険人物を排除する、という行為も同様だ。

川崎事件の18歳少年は、従順な年下の者には「優しい」面もあったと伝えられる。だが、13歳の少年が皆から慕われるのを見て「むかついた」という。やはり強い劣等感が関与したのであろうか。

ところで上記のような暴行は、理由はそれぞれ違っていても、我執から出ている点では一致している。キリスト教では傲慢(ヒュブリス)といわれる我執は、宗教が最も問題視した人間の在り方だが、能力と行動の成果しか問わない現代は、本人をも他人をも傷つける「我執」の問題性を見失ってしまったようだ。