ニュース画像
多くの人が見守る中、彰義隊墓所で盛大に営まれた150回忌法要
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版

サリン事件から20年 オウムが露わにした問題

2015年3月20日付 中外日報(社説)

今日20日はオウム真理教による地下鉄サリン事件からちょうど20年目になる。教祖の麻原彰晃(本名松本智津夫)の死刑判決は2006年に確定した。地下鉄サリン事件、松本サリン事件、坂本弁護士一家殺害事件など一連の凶悪な犯罪に直接関わった幹部たちの死刑や無期懲役などの刑も確定した。逃亡していた平田信、菊地直子、高橋克也の3人も12年に相次いで逮捕され、事件の全貌はかなり解明されつつある。

しかし、この事件の教訓についての考察は、極めて不十分である。同じようなテロ事件が再び起こるかといえば、可能性は極めて低い。けれども一連の出来事は現代宗教の抱える問題点を幾つか露わにした。今後も繰り返される可能性があることは何かを考えていかなければならない。

オウム真理教は宗教的な基礎知識に乏しい理系の学生に積極的にアプローチしたことが分かっている。科学は日進月歩であるが、専門領域がタコツボ化することによる弊害も決して小さくない。科学が全体として進歩しても、いわゆる常識的な判断がそれに伴って進歩するという楽観的な見方はどうやらできそうにない。

どのような理屈をつけても他人を殺したり、傷つけたり、精神的にいたぶるのは良くないというのが、人間社会が理性を重んじることで到達した考えである。だが、ある宗教に勧誘するに際しての詐欺的行為や暴力的行為は、日本でもなくなってなどはない。

オウム真理教はアニメビデオを数多くつくり、そこで教祖の空中浮揚、超能力などをあたかも事実であるかのように描写した。今日ではビデオよりももっと広範に影響力を持つインターネットが一般化している。虚偽や悪意に基づく教説を説いても、明らかに法に抵触しない限りそのまま放置するしかない。この現実をどうするか。

マスメディア全般の宗教に対する基礎知識も、当時と比べて向上しているとはとても言えない。事件後、一時期自粛していたオカルト番組は今も花盛りである。

「イスラム国」の残虐な行為は断片的に伝わってくるが、これは日本社会にとっては遠い話と思っている人が大半であろう。価値判断の基準が多様化し、宗教報道も野放図になっているかのような昨今、若い世代がどのような話にリアリティーを感じてしまうかは予測がつかないところがある。

宗教文化の理解の基礎力を深めるとか、メディアへの批判的視点を忘れないとかいった、地道な努力についての議論は、今後もぜひ継続していかなければなるまい。