ニュース画像
多くの人が見守る中、彰義隊墓所で盛大に営まれた150回忌法要
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版

追悼施設の意義 思いがこもってこそ

2015年3月11日付 中外日報(社説)

東日本大震災から4年。その節目を前に、町職員ら多数が犠牲になった宮城県南三陸町の防災対策庁舎の残骸には、多くの人が慰霊に訪れた。この1月、阪神・淡路大震災から20周年を迎えた神戸で、仙台市在住の画家加川広重さん(36)が東北の被災地を描いた巨大絵画の展覧会が開かれた。その作品の中に、この防災対策庁舎をモチーフにした一点がある。

親類を津波で失った加川さんは、当初は石巻を舞台に荒れ狂う波と無残な廃虚を描いたが、南三陸を取材に訪れ残骸に多くの人々が祈る様子に「救い」を感じて、夕焼けに黄金色に輝く庁舎を復興への願いを込めて表現した。各地での展覧会では、高さ6メートル、幅17メートルもの大作の前で合掌する僧侶の姿もあった。「20年前の出来事と東北の現状を忘れないでほしい」と加川さんは言う。

被災地で悲劇を伝え残す「追悼施設」の在り方が論議を呼んでいる。同庁舎で亡くなった女性職員の母は「娘が命と引き換えに訴えたかった事を教訓として残さねば」との思いで庁舎保存を望む。最初は見たくもないと思ったが、実家の近くで多くの児童が命を落とした石巻・大川小の校舎跡で追悼する人たちに接し、また広島で平和のシンボルとなっている原爆ドームを見て、心が動いたという。

大川小については中学3年の卒業生5人が「大切な母校を失いたくない。学校で起きた悲劇を伝え続けたい」と校舎保存を訴えている。長引く仮設住宅生活のストレスで受験勉強も手に付かず、「大人に思っていることを聞いてもらえない」という気持ちだった。

追悼施設は教訓を残すと同時に、地元関係者の鎮魂や復興への思いが反映されたものでなければならないだろう。一方で、同校舎跡の祭壇には地域住民らが作った慰霊碑の前に、地元以外が建立した「エンゼル」像が目立ち、遺族の中には違和感を持つ人もいる。岩手県大槌町では、地元仏教会が住民の意向をくんだ追悼施設の構想を提案しているが、津波の心配のない高台か参拝しやすい市街地かなどの問題もあり、町当局との間で計画がなかなか決まらない。

福島県内の津波被災地の多くは、福島第1原発事故の被害で追悼施設どころではない。加川さんの最新作は、同原発の廃虚と苦しみもがく生き物たちを描いたもの。展覧会場には4基の廃虚を神社社殿に見立てた別の作家のオブジェ作品もあった。廃炉になる原発を祈りの場に、という意見がある。自然への畏敬と人類の愚かさを物語るモニュメントとしての意義は、確かに大きいかもしれない。