ニュース画像
多くの人が見守る中、彰義隊墓所で盛大に営まれた150回忌法要
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版

イスラム国事件で 本質見据えた洞察を

2015年1月30日付 中外日報(社説)

人質事件をはじめとするISIS(イスラム国)の暴力、残虐さは決して許されることではなく、世界中から非難が集中している。在日イスラーム団体「日本アハマディアムスリム協会」から「(事件に)深い悲しみを表明し、卑劣な行為を非難します。イスラームは、愛・敬意・平和を説いており、邪悪な事件はISISがイスラームや他の宗教とはほど遠いものであることを露呈しています」という声明が本紙に寄せられた。

憎悪と暴力の連鎖ではなく、背景の状況や歴史を踏まえた平和的な解決が長期的には重要だ。「イスラム勢力が過激で悪、欧米が民主的」などという浅薄な理解では到底、問題の本質から遠い。中東地域には前世紀から先進国の利権が複雑に絡んでいる。列強国が民族を無視して押し付けた直線の国境線がその象徴だし、シリアのアサド政権を欧米やイスラエルが叩けば叩くほど反政権のISISを利する。そもそもその源流たるアルカーイダは米国のアフガン政策の中で育てられたようなものだ。

「宗教と暴力」という問題でも、ISISはイスラームの衣を宣伝に使っているだけだ。「大量破壊兵器」という虚偽を口実に地元の人々10万人以上の命を奪った米国によるイラク侵攻は、当時のブッシュ大統領によって「神」の名において行われたが、それを「キリスト教テロ」とは呼ばないだろう。

人質事件の前に起きた仏週刊紙襲撃でも、「宗教」対「表現の自由」という問題の立て方は歪んでいる。同紙は以前、手足が3本ある力士が向かい合い、防護服のリポーターが「フクシマのお蔭で相撲が五輪競技に」などという漫画を掲載したこともある。どんなに下品でくだらない表現にも自由はあるが、それには他人の人権を侵害しないのが前提だ。

にもかかわらず「私はシャルリー」などとカードを持って西欧諸国首脳がこれ見よがしにデモをするのはどうか。イスラエルの空爆によってガザ地区で多くの子供たちが犠牲になっても、そんな行動は見せなかったのに。日本国内で在日外国人に対するヘイトスピーチは傍観するのに、同じカードを掲げる人々も然りだ。物の見方が偏ってはいないか。

事の本質を見据える宗教者は、バランスのある洞察力を備えているはずだ。アハマディア協会の代表は東日本大震災で、日本人から差し入れられた豚肉を使って被災者への炊き出し支援を続けた。「ムスリムには禁忌でも、皆さんがお腹を空かせていることの方が大事ですから」と。