ニュース画像
開基の妙達上人像を開眼する五十嵐住職
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版

バランス崩れた社会 経済優先思想の修正を

2015年1月1日付 中外日報(社説)

社会には自由も平等も必要である。しかし自由を野放しにすれば格差が生じて平等が損なわれる。他方、平等を強行すれば統制が必要となって自由が圧迫される。このような関係は正義と平和にも見られる。正義は――相異なる勢力がそれぞれ正義を主張するから――平和を損なう。他方、平和を重視して個人や集団の主張を封じると正義が危うくなる。また、秩序を優先すると変革が不可能になるが、変革は秩序を破壊する。

このように、自由と平等、正義と平和、秩序と変革には相いれないところがある。自由と平等、(伝統的)秩序と(新しい社会構造が求める)正義、(社会)正義と(個人の)自由は、相反するとまではいえないが、相性は良くない。平和と変革も同様である。変革と平等も相性が悪い。変革は新しい格差をもたらすからだ。また平等が悪平等になると不満が生じるから、平等と平和も必ずしも相性が良いとはいえない。

他方、異なった組み合わせをとれば、自由と変革、変革と正義(公正)、正義(公正)と平等、平等と秩序、秩序と平和、平和と自由は比較的に相性が良い。夢物語のように聞こえるかもしれないが、もし諸次元の間に良い関係が構築されれば、上記のような対立を孕みながらも、自由は変革を可能とし、変革は正義を回復し、正義と公正は平等をもたらし、平等は秩序を安定させ、秩序は平和を守り、平和は自由を許容するという好ましい循環もあり得ないことではない。

つまり自由がありさえすれば、あるいは正義を立てさえすれば、社会が全体として健全な状態に保たれるというものではない。ある面の一方的優越は他面を圧迫して歪みを生むからだ。大切なのは社会の諸面がバランスよく共存することである。従って、いま社会の方向を見定めるためには、現在はどの面が不当に圧迫されているかを正確に認識して、その面を回復させることが必要となる。

一般に社会は単線的な因果論や目的論では把握できない。むしろ対立する相互作用を考慮する視野が必要である。前世紀の前半、我が国は富国強兵が繁栄をもたらすとして、ひたすら軍事的強国を目指し、結果として国の内外に大惨禍をもたらした。戦後はもっぱら経済成長が繁栄の基本とされ、高度成長は成し遂げたものの、その後バブルとその崩壊が不況を招いた。東西に共通する経済優先思想は世界的に経済格差増大、利害の対立、資源枯渇、環境破壊、思想や宗教の衰退を招いている。失われたバランスの回復が急務だ。