ニュース画像
多くの人が見守る中、彰義隊墓所で盛大に営まれた150回忌法要
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版

被爆70周年の願い 耳をふさがずに聞いて

2014年12月19日付 中外日報(社説)

「今から、耳をふさぎたくなるような恐ろしい話をします。君たち、腹に力を入れて、しっかり聞いてください」。広島に原爆が投下された時、旧制中学1年生だったAさんは、こう前置きして、平和学習に訪れた児童・生徒たちに体験を話すそうだ。

Aさんの話の中心は、建物撤去作業に動員されていた中学校や女学校の生徒ら約6千人の真上で、原爆が爆発したということ。話を聞く児童・生徒は、自分たちとほぼ同年齢の少年少女らが犠牲になったことを知り、戦争の悲惨さ、平和の尊さを学ぶ。

Aさんをはじめ広島・長崎の語り部(証言者)の中には「本当は語りたくない」という人が多い。しかし、同級生たちの悲惨な最期の様子をきっちりと伝えるのが、生き残った者の義務だという使命感が、平和学習の場で重い口を開かせる。

「語りたくない」人の中には、こんな例もある。女学校4年生だったBさんは、広島市郊外の兵器工場に動員されていた。広島市内の横川駅ホームで列車に乗ろうとしたが、満員で乗れそうにない。後ろにいた他校の中学生が背中を押してくれたので、割り込むことができた。だが中学生は乗ることができず「次の列車にする」と言って、駅に残った。

Bさんが工場所在地の駅に着いた時、閃光が走った。横川駅は爆心から1・8キロ、爆風をさえぎるものがない。中学生は吹き飛ばされたのではないか。「どの学校の誰だったのか。制服の胸の縫い取りに血液型を示すAの字がありました」とBさん。

被爆直後に広島を離れたBさんは、この話を胸に秘めていたが、今年の夏、平和を願う心の篤い住職が発行する寺報に発表することを承知した。「あの中学生が身代わりになってくれた」という心の重荷を、率直に記した。

先ごろ、バチカンのフランシスコ教皇は、第2次世界大戦終結70年を迎えるというのに、多数の核兵器が存在する現状について「人類はヒロシマ・ナガサキから何も学んでいない」と批判した。教皇としては異例の表明だという。

教皇発言に先立ち、広島県・市は2015年の国連軍縮会議を8月下旬に広島で開くよう、要請書を提出した。外交官や研究者だけでなく、各国の為政者に参加してほしいと望んでいる。

為政者たちは原爆資料館を訪れるとともに、Aさんたちの「耳をふさぎたくなるような話」をじっくり聞くべきだ。その「為政者」の中にはもちろん、日本の宰相も加わってほしい。