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利益に従属する科学 財は命よりも尊いのか

2014年9月17日付 中外日報(社説)

科学への信頼が崩れている。その理由のかなりの部分は、科学が財を求めて動く傾向を強め、いのちを尊ぶ姿勢を置き去りにしているところにあるようだ。薬の臨床試験で不正があるとか、治療を始めてみたら弊害が多いので取り下げたというような報道が多い。

バルサルタンを有効成分とする高血圧薬ディオバン錠をめぐり、その臨床研究に不正があることが次々と指摘されてきている。製造元のノバルティスファーマ社と五つの大学が関与しているものだ。2013年にはノバルティスファーマ社員が幾つもの大学の臨床研究に身分を秘匿して関与していたことが発覚した。本当に効くのか疑う人が出るのは当然だろう。

子宮頸がんワクチン「サーバリックス」が推奨され、若い女性が接種するのだが、その副作用に重いものがあって懸念されている。失神や意識がはっきりしなくなるという症例が多く、「脳に障害が起きている可能性がある」との学会報告がなされたという最近の報道もある(朝日新聞、9月4日)。

神戸の理研(理化学研究所)では、STAP細胞の開発に力を入れ、記者会見を開いてその業績を自信たっぷりに披露したが、その後、論文に不正があったことが判明、さらにはSTAP細胞の実在も疑われるに至った。他方、同じ理研の別の研究者はiPS細胞の臨床応用による網膜の治療をついに実現したと伝えられる。

こうした研究や診療に力を入れている医学者、科学者は何を目指しているのだろうか。患者を助けたいという意識が基盤にあるはずだが、研究競争に勝ち、そして特許を取得することを急ぐという事情が強く作用しているようだ。

背後には研究に資金を投入している企業や国の経済的政治的動機がある。こうした動機が先に立つと、患者のいのちを第一に尊び、安全確認を徹底するという姿勢が失われてしまう。いのちの尊さへの配慮よりも財の尊さが先んじることになる。

先端医療に関わる分野だけではない。原発事故をめぐって起こっているのは、まさにこのことである。安全よりも効率を尊ぶことが堂々と行われ、被害は小さいはずだと示すための研究に多大な資金が提供されていた。事故が起こらないようにする配慮が軽んじられるのは当然だろう。しかも、同じことが事故後も続けられている。

生命科学が重視されるとともに経済が一層重視される時代でもある。いのちの尊さは財の尊さに従属するのが当然なのだろうか。真にいのちを尊ぶ姿勢を持つ宗教の発言が求められるゆえんである。