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『父母恩重経』の心 義父母の話に相づちを

2014年8月27日付 中外日報(社説)

吉川英治の名作『宮本武蔵』は、誤解し恨みを持った同郷のお杉ばあさんに武蔵が追い回される筋書きになっている。そのお杉は無法者のすみかに宿を借りる。お杉が筆写した文章を拾い読みした無法者たちは声を上げて泣く。その文書とは、父母の恩の重さを説く『父母恩重経』だった。

『父母恩重経』は仏教伝来後、中国で創作された“偽経”の一つとされている。仏教が中国に伝えられたのは、西暦25年に始まる後漢の時代だという。

仏教を受容しようとした中国の人々は、困惑した。仏教は親子肉親との絆を断って出家し、空の精神に徹することが解脱、つまり悟りの道であると説く。

しかし中国の道教・儒教社会では、富を得て不老長寿を目指すことが幸せであり、親や祖先を大切にして家を繁栄させるのが孝の道であるとされる。仏教とは相いれない。

儒教の『孝経』では、父母から受け継いだ身体は、髪の毛一筋たりとも傷つけてはならないと教えるのに、仏教の僧尼は大切な髪の毛を惜しげもなく剃り落とす。終生結婚しないから、子孫繁栄の道を断つことになる。

こうした批判をはね返すために『盂蘭盆経』などと共に創作されたのがこの偽経だった。『父母恩重経』は7月の中元の日に、目連尊者が丸い盆に盛った食物を供養したところ、餓鬼道に落ちた母親が救われたとしている。つまり、親孝行を勧める経典である。

それが、東アジア諸国に伝えられた。日本には聖徳太子の時代から彼岸会を営む風習があり、盂蘭盆会と相まって、仏教定着が進んだという。なお、原典はインドに存在したとの説もある。

このような故事を思い出したのは、埼玉県在住のAさんからの便りに接したからである。団塊の世代のAさんは、数年前に定年退職した。妻はまだ在職中のため、家事一切をAさんが引き受けた。さらに、都内に住む妻の両親を、妻と交代で定期的に訪ねるようになった。

Aさんは、その日の料理を作るだけでなく、日持ちのする義父母の好物を調理して、冷蔵庫に入れておく。自分の両親の老後の世話が十分でなかったため、その分まで義父母に尽くしている。

一番大切なのが、対話である。同じ話でも、ちゃんと聞き、相づちを打って、共に笑ってやる。「私を見送る義父母を見て、遠い姿になった実父母を思い出します」とAさんは記す。これこそ『父母恩重経』の実践というべきだろう。