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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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政治の機能不全 民主主義に立つ宗教の役割

2014年7月11日付 中外日報(社説)

政党政治、または法に基づく政治がうまく機能しなくなると、議会での討議や法律上の手順に十分な顧慮を払うことがないまま、政権と行政機構が独走してしまうことがある。東日本大震災が発生した2011年3月11日以後の日本では、このような事態が現実に進行しているのではないかと恐れられる。

大正末期から昭和初期にかけての日本では、政党政治に対する民衆の失望感を受けて、陸軍が政治への介入を強めていった。大日本帝国憲法体制の下で、神聖な天皇と直結していると自覚し、統帥権の独立を掲げる軍隊が国民の意思を代表するかのように思い込み、軍国主義的な政策を押し通してアジア太平洋戦争へと突き進んでいった。

議会政治の外側で国民の生命と自由を軽んじる政策が強力に推し進められ、議会はそれに従属するようになっていった。宗教界も弾圧されることを避けるなら、そうした動きになすすべなく従うしかなかった。

現代日本ではどうか。巨大な地震と津波、そして国家の根幹を揺るがす福島第1原発の事故は、政治への信頼感を大きく揺るがした。世論は脱原発を志向しているにもかかわらず、主要な政党は原発推進の姿勢から脱皮することができなかった。

そんな中で、民主党政権が倒れると、国会は主要な対抗勢力がいない与党独走的な態勢になってしまった。2大政党制を前提とした選挙制度が裏目に出た形だ。その後の政治は与党が強引な政治手法で、対外強硬派(タカ派)的な、また多様な意見や人権を軽視する政策を推し進める方向で推移してきている。

このような中で、宗教界は法に基づく政治を軽視する、政府の強引な政治手法とそれに基づく決定を問い直す意思表示を繰り返し行ってきている。脱原発、特定秘密保護法反対などでもそうだったが、集団的自衛権行使容認の閣議決定に対する反対の意思表示は特に目立っている。

その背景には、第2次世界大戦後、憲法の定める民主主義のルールや人権尊重の精神が宗教的な価値と整合するもの、切り離せないものであることを確認しつつ歩んできた諸宗教団体・組織の活動の歴史がある。

政党政治が機能不全に陥ったとき、私たちの基本的な価値観が問い直されざるを得なくなる。そして民主主義と法の側に立つ宗教の出番が増えてくる。憂鬱なことだが、今後もこうした状況が続くのかもしれない。